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八乙女光主演舞台「殺風景」

森田剛主演舞台「夜中に犬に起こった奇妙な事件」加藤シゲアキ主演舞台「中の人」八乙女光主演舞台「殺風景」、とここ数週間の内に続けてジャニーズの舞台仕事を見る機会が巡って来た。タレントのデビューの順で言えば下の世代へ降りていくような順番で見た訳だが、最後に見たHey!Say!JUMP八乙女光さんの舞台「殺風景」が最も難解で、観劇した後も暫くの間腑に落ちない感覚が続いていた。観劇前の不勉強と私の感受性の欠如が要因のひとつであると思われるが、初主演舞台として用意されたものとは思えぬ暗鬱とした世界観と、役者としての器量を試される一筋縄ではないかない役どころ、それらに圧倒されて私自身が素人ゆえに観劇者として完敗したような気持ちになった。分からない、全然分からない、私自身にこの舞台を見るための素養が足りていない。圧倒的敗北。

八乙女光主演舞台「殺風景」
作・演出:赤堀雅秋
 かつて炭鉱町として栄えた地方都市を舞台に描かれる、とある家族の物語。
父母と兄弟の四人で生活するヤクザ一家の菊池家は、経済的に切迫し、母親が持ち込んだ無謀ともいえる計画にのめりこんでいく。その事件現場には家族の絆を切望するかのような次男・稔の姿があった。
積み上げられる隣人の死体、見つからない二千万円、不毛な家族の共同作業、その先に―――。
諦念に呑み込まれた【現在】と爆発的なエネルギーに満ちた【過去】が交互に描かれ、家族の、そして町の愚かしくも悲しい姿が浮かび上がってくる・・・。

舞台は平成十六年と昭和三十八年~四十三年が交互に入れ替わる。八乙女さんは平成十六年では次男の菊池稔を演じ、昭和三十八年~四十三年ではその父親であるクニオを演じていた。平成十六年ではヤクザとなっているクニオだが、昭和三十八年~四十三年では人間的な尖がりもなくごく普通の穢れを知らない男として描かれていた。その一方で平成十六年の次男・稔は、ヤクザの父親の血を引いた如何にも荒れた青年で、隣人を殺す為に容赦なく相手に銃を向ける残酷さを持つ。八乙女さんはこの二役を交互にこなしていた訳だが、稔を演じる八乙女さんの背後には燃え盛る黒い炎の様な鬱憤が渦巻いているように見え、稔を生きる八乙女さんの雰囲気に見ている側までもが殺されそうになる。

八乙女光さんと言えば以前「3年B組金八先生第7シリーズ」で丸山しゅうというドラッグに蝕まれた少年を演じている。「3念B組金八先生」シリーズの中でも特に印象に残る生徒として金八ファンの記憶の中にも強い印象を与えている。それが俳優・八乙女光としての初期仕事でありながら、人間の弱さや脆さを演じる能力の高さを知らしめた作品となる。今回の舞台の役どころも彼のその能力が存分に発揮されていたように思う。悪に溺れ、正しさを失っていく姿は、見る者の心に痛々しさを植え付けていく。胸の真ん中辺りに黒い塊が出来ていく何とも言えぬ不快感、それが八乙女さんの演技によって生み出されたものであることに私は感動を覚える。

平成十六年と昭和三十八年~四十三年に場面が切り替わる際、平成十六年のクニオが、昭和三十八年~四十三年のクニオから、「俺はお前たい」と言われるシーンがある。それは場面が替わる際に、次に八乙女さんが演じるのはクニオの若い頃であるということを観客に知らせるための合図としての意味を成していたが、その後にこの台詞と同じ意味を成す台詞がもう一度出てくる。それは平成十六年のクニオから稔に向かっての台詞である。長男は父親と血の繋がった関係ではないことが明らかになるため、実質クニオと血の繋がっているのは次男の稔のみとなる。そんな長男から稔は「お前は親父に似ている、目の奥底が知れん、気持ち悪い」と言われるシーンもあり、やがて父親からも“お前は俺だ”という暗示のような言葉を浴びせられる。父親のクニオと自分には同じ血が流れていると改めて実感した稔は、自分こそがこの家族の為に動くべきだと自らの手で隣人の命を奪う。

隣人を殺すシーンは冒頭に突然に始まる。一体何が目的の為の殺人なのか、そういった情報を観客に与えないままに無残に人が殺されていく。しかしそのシーンはもう一度終盤に同じシチュエーションで同じ台詞で再度登場し、まるで悪夢がフラッシュバックするような仕掛けとなっている。ここで人が死ぬ、と分かっている上で再度同じシーンを見せられる苦痛、けれども冒頭のシーンよりも何処か切なく感じられる様にで出来ているのがこの舞台の緻密さを表していたように感じる。到底一回見ただけではすべてを把握しきることは出来ないが、一回しか観劇することが出来なかった私が感じられたこの舞台の“狂気”は以上となる。

この舞台、私が観劇した後に、女優の二階堂ふみさんが観劇されTwitterでオススメの舞台として紹介されていた。




“確実にヤバイ何か”と独特の感性を持った二階堂さんもこの舞台に潜む“狂気”に魅了されている。八乙女光さんはとんでもない舞台に出たんだという高揚感が今も続いている。自分の感性がこの舞台を観るまでに到達していないと実感させられたので、ジャニーズの出演舞台としてでなく演劇界におけるこの舞台の評価がどのようなものであるか、もっと広い視野で見た時のこの舞台の位置付けを知りたいと思った。八乙女さんの舞台仕事をもっと見てみたいとリピート欲も掻き立てられたため、これを機に役者として更なる飛躍を見せる八乙女さんに期待したい。