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加藤シゲアキ主演舞台「中の人」

「それ、全然面白くない」「きっと次言うことは面白いですよ」芸人でもないのに“面白い”かどうかで人間性を判断されることがある。本人が“面白い”と判断されたがっているかどうかは別にして、その場を白けさせるような発言をするなという警告にも捉えられる。自分を“面白い”かどうか判断しようとしている時点で、相手は既に「自分より面白い」位置に当たり前の様に腰掛けているという構図がある。私はこれが苦手だ。何を持ってして勝手に自分が相手より“面白い”と判断して評価者の立場をとっているのか、素人の“面白い”の世界には明確な基準などない。要するにその立場をとるのは早い者勝ちだ。

加藤シゲアキさんの主演舞台「中の人」の序盤は、そんな苦さが体中に纏わりついていた。「つまらない男」と評される主人公は、目頭をギュッと寄せてカッコつけてみたかと思えば、いざという時に勇気が出なくて過去の自分であるグイドに助けを求めてしまう。自分だけの映画を撮ろうと故郷の島を離れ東京に出たものの、都会に呑み込まれて自信を消失し島に戻って来た。現実を前にして夢や希望を手放し、手元には何も残っていない若者。けして特別な人間ではない、ごく普通の若者。それこそが彼の「つまらない」と評される所以であった。

加藤シゲアキ主演舞台「中の人」
脚本:マギー 演出:河原雅彦
<あらすじ>
日本海のどこかに浮かぶ離島、猿鳥島
ここでは毎年、猿鳥島祭というお祭りが開催されている。今年は、ゆるキャラ界の超人気キャラクターとして知られる「やだもん」がやってくることになった。
祭りの当日、やだもんの登場を待ちかねて、いまだかつてない盛り上がりを見せる会場に、観光課長・不死川(伊藤正之)のテンションは最高潮。
ローカルタレント・ライライ雷(加藤諒)にステージのMCを任せ、裏方には、地元のボランティアスタッフ・夏鈴(小松彩夏)と、撮影スタッフ・坂崎(加藤シゲアキ)の二人をスタンバイ。万全の体制でやだもんを迎えようとしていた。
そこに“伝説の中の人”蒲生(山内圭哉)が、マネージャー兼アシスタント・若女(吉本菜穂子)と共に到着する。
やだもんの登場時刻が近づくにつれ、さらにボルテージが上がっていく会場。
そしてやだもんの“中の人”になるべく、おもむろに準備を始めようとする蒲生。
だがそのとき、思いがけない事態が一同を襲う!

この「思いがけない事態」というのが「やだもん」の着ぐるみをマネージャーの若女が手違いで持って来ていなかったことになる訳だが、急いで代案を考え始める周囲の人々を、坂崎は一歩引いた視点で捉え、このハプニングをドキュメンタリーとして映像に収めようとする。「面白いものが取れそうだ」と彼は興奮しながらカメラを構えるのだが、それを蒲生に一蹴されてしまう。

「お前も中の人になれ、ハプニングの真っ只中の人になれ」
「兄ちゃん(坂崎)の中は何者や、兄ちゃんの中の人が見たい」

一人だけ傍観者になろうとした坂崎に対して、蒲生は当事者になれと迫る。このハプニングを一人だけ引いた視点で見ようとするな、自分もこのハプニングに巻き込まれた人間になれ、仮面をつけてないで自分の中の人を解放しろ、と蒲生は坂崎に怒鳴りつける。それを受けて坂崎は傍観者という立ち位置を辞めて、輪の中に入りこのハプニングをみんなと一緒に乗り越えるドキドキ感を味わうことになる。


ここまで見た時点で序盤に感じていた苦さの理由がはっきりとしてくる。これは加藤シゲアキさん本人の物語と類似しているのだ。脚本のマギーさんが何処まで加藤シゲアキという人物を掘り下げ、狙って書いたものかは分からないが、序盤で感じた苦さは、現在の「加藤シゲアキ」ではなく過去の「加藤成亮」を想起させるがゆえの苦さだった。グループ内の弄られキャラとして他のメンバーから“面白い”かどうかの判断基準として晒され、けれども自分がグループの中心にいようとするのではなく、いつも冷静な目を持って一人だけ傍観しているところがあった。しかしグループ内で幾度となくハプニングを迎える内に、傍観者になっている場合ではないと気づき、自らがグループの「中の人」になるためのアクションを起こした。この舞台は誰が演るよりも、加藤シゲアキが演るに最も相応しい内容だったのだ。

しかしこの舞台は自分の中の人を解放した方が人生面白いぞというメッセージを乗せているかと思いきや、最後に強烈なオチが待っている。これまでつまらないと評されてきた坂崎に対して、唯一真っ直ぐに彼を見つめていたのが坂崎の後輩である夏鈴であった。彼女は自分の中の人を解放した坂崎に対しても好意的な受け止め方をしてくれると思いきや、坂崎から最後に今日はどうだったか尋ねられてこう答えている。

「中の人なんて見たくなかった」

憎い。最後にこんな台詞を入れ込んでくるマギーさんが憎い。ここまで坂崎が必死に中の人を解放したというのに、一瞬にしてそれを覆してしまう台詞の破壊力。夏鈴は長らく坂崎のファンだったが、ファンにとっては表面上の坂崎があればそれでよく、その先まで踏み込んで知る必要はなかったのだ。坂崎にとっては自分の殻を破るきっかけになったが、それはファンである夏鈴の夢を壊すということとイコールになってしまったのだ。コミカルなオチとしてこの台詞は消化されていったが、アイドルとファンの間にもありがちな関係性ゆえに、この最後の台詞がずっと頭に残っている。


脚本の巧妙さや愉快さは勿論のこと、コテンポラリーダンスを取り入れた身体表現等の変わった演出もあり、ぎっしり実の詰まった舞台だった。会場中から笑いの渦が巻き起こりラストに向けてその勢いはどんどん増していく、最後に余韻を残すのではなく最後にドッと爆発させて終わる、見終わった後にそのテンションのまま感想が次々と漏れ出てくる楽しい舞台だった。加藤シゲアキさんが今このタイミングで演るからこそ「中の人」の意味が膨らむ、彼のためにあてがわれた舞台だった。