その日私は麻布台ヒルズにいた。4年振りに元同期に会うために。彼女とは今の会社に入社した時の同期で、彼女は後に転職した会社で東京に転勤し、私は今の会社で東京に転勤し、お互い高知から東京の街に移り住んだ仲間だ。コロナ前に一度東京で会ったもののそのあと機会を逃し、久しぶりに会うことにしたのだ。彼女と会う時は東京っぽいお洒落な街にチャレンジするというのが裏テーマにあり、前回は代官山で会い、今回は麻布台ヒルズに集合した。
麻布台ヒルズに向かう道中、Podcast番組『OVER THE SUN』を聴こうと思ってアプリを開いたら、最新回のタイトルが「麻布台ヒルズの8時間睡眠」だったので、麻布台ヒルズに確実に呼ばれている気がして向かった。『OVER THE SUN』の中でジェーン・スーさんが平日の麻布台ヒルズは空いていた、きっと土日はもっと混んでるだろうけど、という話をしていたので、土曜昼の麻布台ヒルズに覚悟を決めて向かったものの、新宿や渋谷のような人のごちゃつき感はなく、地方出身者にはとても優しい人のボリューム感だった。
帝国劇場や日生劇場に向かう前にお茶してた有楽町駅前の6th by ORIENTAL HOTELのカフェがなくなって悲しんでいたら、麻布台ヒルズに移転オープンしているということだったので、ランチの場所は迷わず「Balcony by 6th」に決めた。赤玉ねぎのアマトリチャーナスパゲティーニを食べながら、同期と今の仕事の話を一通り話したあと、今回会って最も聞きたいと思っていた彼女の推し活の話に切り込んだ。Xの投稿を見ているとここ最近彼女はお笑い芸人を追いかけているようだった。これまでもバンドや地下アイドルの推し活をしている彼女の姿は知っていたものの、お笑い芸人の推し活をしている彼女の姿は初めてだったので、なぜ今このタイミングで新しい界隈のオタクになっているのか、ということの経緯を聞き出した。
彼女が推している芸人さんは、メディアに出るようなメジャーな方ではなく、現時点小さい劇場でライブをしている方だった。どうにかして売れて欲しい、見つかって欲しいという思いでライブのスケジュールをまとめて他の人も見れるように公開したり、感想を呟いたりしていて、最近まだデビューしていないアイドルを推し始めた私と規模感は違えど通ずる想いがあると話が盛り上がった。一方で20年くらい同じ界隈のオタクをし続けるている私は、推す対象はその時々で変われど、エンタメという広い海の中では他を知らない井の中の蛙のままで、ここらで別のエンタメを摂取してみたい、推し活の世界をもっと広げたい、と漠然と考えていた。その話をすると「ライブは結構やってるからいつでも来て〜」と言うので、「今日もやってる?」と聞くと、1時間半後に新宿でライブがあるということだった。チケット代は1,200円だと言う。「えっ、そんなのこの後港区でお茶したら消費しちゃうお金と変わんないじゃん!行こう!連れてって!」というフッ軽根性で急遽同期の推しを見に行くことにした。
あんなに麻布台ヒルズを楽しみにしていたのに、そうと決まればいそいそと駅に向かって歩き出し、道中はお笑いライブをより楽しむために、彼女から補助情報を聞き出す。彼女がライブ行くなら推しに連絡するのでちょっと待って、と言い始める。推しに連絡?!?!大型事務所のアイドルを応援している私には到底あり得ない文化で、XのDMを使ってチケットの取り置きのためにササっと推しとやり取りをしていて、直接本人にチケットを取っておいてもらう文化にくらくらした。
新宿の小さい劇場に到着して推しに直接取り置きをしてもらっていたチケットで中に入る。お客さんは10人くらい、出演者の方が人数が多いお笑いライブ。私は同期と一緒に2列目に座った。開場から10分で開演する。早い。今回の出演は全部で18組で、最後に面白かった3組を投票して、上位2組が次のライブに進めるということで、私たちの手元には筆記用具とアンケート用紙が渡されていた。メディアに出ているような有名な芸人さんは1組もいないので、私は全員初めましてだった。ネタは1組3分、時間が来ると暗転して、次の組がネタをする、というTiktokのようなスピード感で変わるがわる披露されていった。
私はこれまでの人生でお笑いを注力して見ることはほとんどない人間だったので、本当にど素人の目線しか持ち合わせていないのだけど、子どもでも笑えるような分かりやすいネタは素人にとってありがたく、でも独特の世界観のネタもクセになるものがあったり、18種類のいろいろなネタに終始口角が上がり放しだった。アイドルのライブはステージ上のアイドルに対して客が大勢いるので、多少こちら側が気を抜いた表情をしていたとしても遠くのステージにいるアイドルにそれが届くことはほとんどないけれど、お笑いライブの小劇場の2列目はステージ上の芸人とバシバシ目が合うし、こちらの表情がダイレクトに相手に届くので、客側にもとても緊張感があった。また3分のネタが終わるとすぐ暗転してしまうので手元のアンケート用紙にメモや点数を記入する暇がほとんどなく、次の芸人がステージに上がるタイミングで殴り書きのように点数をメモするというハードワークもこなした。今見たものを覚えておくために急いでメモして、また次から次へと新しい情報がやってくるこの感覚、どこかで経験したことがあると思ったら、婚活パーティーのトークタイムのメモを取る時ととてもよく似ていた。こんなところで過去の経験が謎に活きてくる。
表情筋が痛くなるほど笑ったら最後に自分が面白いと思った3組を投票用紙に書き、すぐさまスタッフが回収して集計が行われる。それを基にMCを担当する芸人さんが結果を発表する。私が入れた3組は上位2組に入っておらず、やはり素人の感性で選ぶお笑いと、足繁く通うファンの感性で選ぶお笑いは違うのかと思ったりした。あとから同期に聞いた話によると、自分の推しに上位に入って欲しいがために、純粋に面白かった芸人に投票してしまうと自分の推しよりその人たちが上位に入ってしまう可能性があり、自分の推しと絶対に上位に入らないであろう芸人に敢えて投票を散らすことで、推しを上位入賞させるという戦法を取るファンも少なくないらしく、ただその思惑がたまたま被ってしまって散らすために票を入れた芸人が上位入賞してしまうという逆転劇が起こることもあるという話を聞いて、奥が深いと思った。PRODUCE 101の1pick、2pickの話にも通じるところがあると思った。
総じてお笑いライブは楽しくて、私は同期の過去の推しのことも知っていたので、今回の推しも彼女の好きになる系統が似ていて、彼女の推しの登場の瞬間、納得感しかなかった。というような話を劇場から出て歩きながらしていたところ、前方から彼女の推しとその相方が歩いてきて話しかけてくれて、道端で数分お話した。アイドルオタクからすると推しとの距離感バグ過ぎる。ステージ上ではないのでオフな感じかと思いきや、道端で話しても変わらずとても面白かった。「初めて来て嫌になってませんか?」と気遣っていただいたけれど、とても楽しかったことをお伝えして、推しと双方向コミュニケーションができる文化にドキドキしながらお別れした。アイドルに傾けている推し感情のスケールのまま、推しの概念をここに持ち込んでしまうと、距離感事故が起きてしまうけれど、ある程度自分の中でしっかり線引きができ適度な距離感が見つけられているのであれば、推しと双方向コミュニケーションが取れることは応援するうえでの楽しみの一つになるだろうなと思った。
急遽当日に思いついた行動ではあったものの、他界隈の推し活社会科見学新しい発見もあってとても良い刺激になった。他界隈の文化を知ることで改めて自分の推し活の解像度が上がることもあるし、新しい発見があったりする。お笑いに急激にのめり込むということはないにせよ、1時間半くらい口角を上げて笑うというのはセラピー的な要素もあって、幸福度が上がった気がする。どうしても気分が上がらない時や疲れてしまっている時にまた同期に連絡して一緒に観に行きたいと思った。楽しかったので推し活社会科見学は定期的にやっていきたい。