昨日に続きまた期間限定配信動画の感想を綴ってしまい申し訳ない気持ちだけれども、こちらは今月末まで配信なのでまだあと一週間くらい余裕がある。5月26日に青山学院創立150周年記念イベントの活字文化講座にNEWSの加藤シゲアキさんが登壇された時の動画が公開され、そこで話されている内容がとても良かったので記録しておきたい。これまでのメディアでのインタビューやラジオなどで色々なことを発信して来られたと思うのだけれど、集まった青山学院の学生たちを対象に発信するメッセージは、少し指南的な部分がありそれがとても新鮮に感じられ、でもそのメッセージは大人の私たちにも十分響く内容だなと思い、心に留まったところを書き出していきたい。
- もう自分の全てを書き尽くしたと思って書き終えるとアイディアが浮かぶ
(21:00頃)
まだね、決まってないんですよ書き方が。こんな加藤シゲアキ流とか言っておいて。だから一生勉強っていうか。『なれのはて』ですごくまた新しいことにチャレンジして書いたんですけど、色々勉強になったんですよ。自分の中の全身全霊を込めたら、これ以上の作品は書けないと思った作品を書くと、書き終えたらその先が見えるっていう、いつも。もう自分のすべてを書き尽くした、ピンクとグレーのときもそうなんですけど、もうアイディアゼロ、みたいな気持ちになるくらい全部詰め込むんですけど、書き終えるとめちゃくちゃアイディアが浮かぶっていう。まぁ書いてる時から浮かぶんですけど。だからやっぱりね、限界って小説に関してはないんだなって思いましたね。
小説を書くという経験をしたことはないけれども、私は3,000字の原稿ですらウッと思う時がたまにあるので、小説執筆に使われるエネルギーは計り知れない。そこに全身全霊かけて取り組んだ後にまた次のアイディアが浮かんでくるという話、自分には絶対に体験できない選ばれし人間だけが辿り着ける領域なのではと思って興奮してメモしてしまった。でもこれって小説に限らずどんなことにも当てはまることなのかもしれないとも思い直した。自分の全力を出し切ってダンベルをあげるとそれ相応の筋力がついてくる訳で、その筋力をもとに次はこんな技に挑戦してみたくなる。規模感は違えど全力を出すとまた新しい世界が広がるという話だ。
- 社会について書くんだという責任が生まれた
(24:00頃)
30代半ばになって、楽しいだけの小説も良いんだけど、オルタネートで直木賞で注目していただいたりして、作家として責任が生まれてきたなと思って。自分が書くものの影響っていうものを考えたときに、なんか社会派なものとか、例えば政治に触れるものとかは、僕の仕事じゃないですみたいな気持ちでオルタネートのときはやってたんですけど、直木賞の候補にしてもらったときに、お前はそっちじゃないぞと言われた気がして、ちゃんと社会についても書くんだというような、なんか僕が勝手に思っただけなのかもしれないですけど、責任が生まれたのもあるし、自分もそのプロダクションの中でもだいぶ中堅になってきたし、下の世代というものを意識する年齢になってきてしまって、無理して社会的なものを書くわけじゃないんだけど、そこを避けるのは違うなと思った中で、じゃあ次何書こうかと。(『なれのはて』の話に続く)
これやはりそういう意識が磨かれていってたのだなと思ったけれど、加藤さんの小説今回の『なれのはて』で読む難易度がグッと上がったように思う。『オルタネート』は高校生のマッチングアプリの話だったので、高校生でも読める内容だったが(高校生直木賞に選ばれていた)、『なれのはて』は戦争というテーマに切り込んだ小説で当時の時代背景なども細かく描写されていて、一気に読者の対象年齢が引き上げられた気がしている。加藤さん自身が年齢を重ねるとともに、小説家として何を書いていくべきかもアップデートされていて、次回作はどんな社会を小説に映し出すのか楽しみになる話だった。
- 色んな経験をした結果、小説を書いたときに経験の引き出しが勝手に開く
(35:00頃)
(司会の木佐彩子さんより「加藤さんの体験してきたことが小説に反映されているのか」と聞かれて)
そうだと思います。ただ意図して入れたことはなくて、あれを書こうと思って、体験を小説に入れようと思ったんじゃなくて、小説書いてたらあの時の感覚が蘇るんですよね。この中にどれだけ作家になろうとしてる人がいるか分からないし、いないかも分からないですけど、もちろんこの体験を小説にするんだっていうのも良いと思うんですけど、多くの場合はたぶん、色んな経験をして、小説を書いたときに勝手に引き出しが開くんですよ。引き出し開けてこれとこれを取って書くっていうよりは、書いてたら引き出しが勝手に開くんですよ。そう言えばあの時あんなことがあったなっていう。亡くなってしまいましたけど、伊集院静先生と少し懇意にさせてもらっていて、初めて会ったときに「35歳までは旅に行け」ってすごい言われて、なんで35歳なんだろなと思ったんですけど、35歳超えてやっぱ思うのは、若いうちに色んな体験をした方が吸収できるし、若い方がフットワークが軽いから、小説を書くのは本を読むことも大事だけれども、それ以上にあらゆる経験をすることだっていう。これはたぶん小説だけじゃないと思うんですね。色んな人と話すうえでコミュニケーションとるうえで、社会に出るとほとんどの仕事ってコミュニケーションだったりするから、コミュニケーションのうえで役立つのって結構経験なんですよね。
はぁーーーっ、そうなんですね、そうなんですね。加藤さんの小説の中にはこれ加藤さんが書きたい経験だったんだろうなと思う箇所が毎回あるのだけれど、それってこの経験を今回の小説に書こうと思って書いた訳ではなく、小説を書いている中で選抜された経験なんだなと理解した。だからその裏側には選抜漏れの経験もたくさんある訳で、書いているうちに自動で引き出しが開いてしまうくらい豊富な経験が控えていることの強さ。そしてそれは小説家だけでなく社会一般的にも必要なものだと学生に説いているのを聞いて、加藤さんと同世代の私も改めて自分は十分な経験ができているか省みてしまった。
- アイディアは移動距離に比例する
(45:00頃)
アイディアって移動距離に比例するって、それこそ伊集院先生と盛り上がったんですけど。どっかに行くっていう、まぁ距離っていうと変ですけど、移動時間、移動距離に比例して、アイディアって湧いてくる。それはたぶん脳の活動的にもあると思うんですけど、移動すると降ってくるんですよ。だし、旅行先の現地で色んなものを見るし、普段触れないものに触れるから、すごく刺激を受けるでしょ。なのでアイディアが浮かばないときにデスクで書こうとしてても、降ってこないんですよやっぱり。僕はドライブ行ったりランニングしたり散歩したり、すぐする。もちろん書いているときに行き詰まってその場でどうにかなる時もあるんですけど、家の中でもちょっと行き詰まったからって言って、お風呂の浴槽を洗ってる瞬間にアッって(アイディアが降ってくること)ありますよ。
「アイディアは移動距離に比例する」インドアな自分にはやや耳が痛い言葉だったけれども、確かに思い当たるところはある。私は人との対話によってアイディアが浮かぶことが多いので、それも人に会いに行くための移動距離と捉えるととてもしっくりくる話だった。さっきの経験の話とも繋がってくるのかもしれない。移動距離を稼ぐ経験を積むことで、豊富なアイディアに恵まれるようになりそれがコミュニケーションのうえでも役立っていく。
- 『愛するということ』
(50:00頃)
(加藤さんにとっても「永遠の名作」を聞かれて)
エーリッヒ・フロムという心理学者の『愛するということ』僕は色んなところでこの本を勧めてるんですけど、愛について分析・解説した本なんですよ。もう連載は終わってるんですけど、間も無く出る予定の小説でもこの『愛するということ』を引用してたり。どういうことかっていうと、序文にすべてが書かれてるんですけど、愛するということは技術であると。だからどうやったら愛を持てるかとか、愛とは何かっていう処方箋を期待して読むと期待を裏切るだろうって序文に書かれてるんですけど、実際そのことしか言わないんですよ。恋愛であったり、親子であったり、色んな愛について解説していくんですけど、総じてね、これ言ったらもう読まなくていいじゃんって思うかもしれないんだけど、本っていうのは文脈があって読むからもっと納得できると思うんですけど、愛っていうのは技術なので、生まれ持ってあるとかそういうことじゃなくて、鍛錬していくものなんだと。愛するということは技術だから鍛える、鍛錬するんだと。愛するっていうことは簡単なことじゃない。だから時々愛せなくて失敗することもあるでしょう。だったらどうやって失敗しないかをもっと考えて、技術として努力するっていう話なんです。
書店で弘中綾香さんの帯でよく見る『愛するということ』実はまだ読んだことないのでこれを機に読みたい。
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- 一番大事なことは行動力
(01:10:00頃)
(若者に向けたメッセージ)
僕が小説を書けた理由があるとすれば、「行動力」なんですよ。自分の中で仕事がなくて、いきなり深夜に思い詰めて、めちゃくちゃ会社の偉い人に電話をかけて、出なかったんですけど、後日「どうした?」って呼び出されたときに話し合ってた中で「そんなに言ってんだったら小説書けば」って言われたのがきっかけなんですよ。これ、やっぱり行動力なんですよ。「小説を書けば」って言われて書いたんですよ。頭の中で考えてる時は全部傑作、全部うまくいくけど、それを形にする方が圧倒的に難しくて、それは行動なんですよ。例えばいつか行ってみたいなってところにはなかなか行けない。15年僕はイタリアに行きたかったけど、あ、今なら行けると思って行ったんですよ。こないだやっと。行動力がなかったって話になるかもしれないけど、今だって思ったときに行くのが大事だったり、今だって思ったときに人に会いに行くとか話しに行く。チャレンジする。就職活動してても説明会疲れてるからいっか〜と思う日あるかもしれないけど、まず行かないと始まらない。本当に一番大事なことは行動力だと思います。
若者に向けたメッセージとして最後に語られたこの「行動力」の話がとても良かった。この数ヶ月私もブログに書きたいことがあるのに、書かない方を選んでスルーしてしまったことがいくつかある。でもこの加藤さんの話を聞いて、この講演で自分が感じたことこそが今書き留めるという行動を起こすべきものだと感じたので、このブログを書いている。改めて自分が行動できていること、行動できていないことを振り返る良いきっかけになった。
という訳で本当は全編書き起こしたいくらい良かったのだけれど、1時間半くらいあるので今回は抜粋して記録しておく。今月末まで配信されているので気になった方は他の話についてもぜひ見てみて欲しい。
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