自分では絶対に選ばない本に出逢いたくてブックバーに行ってきた

上半期何をしたかと問われたら「本を読んだ」と答えられるくらい当社比で本を読んだ。2022年〜2023年は仕事が忙しく小説やエッセイ等を読む余裕がなく仕事に関連する書籍ばかり読んでいたが、今年からは時間の余裕ができたので久しぶりに小説やエッセイの類に手が伸びるようになった。おまけに図書館が徒歩2分の場所にあること、通勤時にAudibleでの耳読を導入したことによって読書が捗っている。相変わらず本屋を巡ることは大好きで、本屋で紙の本と目が合うことが嬉しくて、Kindleよりも紙の本ばかり買ってしまう。本屋に行った直後は瞬く間に積読タワーができてしまうが、そのタワーのラインナップを見ると、当たり前に自分の興味の方向にまっすぐと似たようなテーマの本が並んでいる。見聞を広めようとも結局自分の興味のもとに選んでしまうと自分の半径5メートルをウロウロしているだけに過ぎないことに気づく。

同時に時間に余裕があるばかりに、内省が繰り返され日々の生活に刺激が少なくなっていることにも気づいた。年齢を重ねれば重ねるほど、自分の半径5メートルの居心地が良くなってしまう。そして無理矢理に外へ連れ出される機会も少なくなる。世界には新しい刺激が沢山あるはずなのにどんどん腰が重くなっていることに気づき、まずは自分の歩幅で飛び出せそうな新世界に飛び出してみようと、6月中旬に急に思い立ったのだ。そう思っていた時に不意にInstagramでブックバーというものが存在することを知る。誰でも来店可能ではあるが、メインは本好きな人が本について語り合ったりする場所として用意されていて、店内には本棚に沢山の本が並んでいるようだった。そのお店以外にも東京なら色々な店舗がありそうだなと思い、調べてみたところ神保町に気になるブックバーが出てきた。

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そこは読書をするために泊まるホテル「BOOK HOTEL」の一画が夜になるとバーになり宿泊者以外も利用することができるようになるということだった。その中でも一番興味を惹かれたのは、「真夜中の読書セット」(1,200円)と「夜更けの読書セット」(1,800円)で、ドリンクと駄菓子のほかに文庫本1冊がプレゼントされるというものだった。その文庫本はどのように選ばれたものがプレゼントされるのか、その日に用意されているものがランダムに渡されるのか、どういうものが読みたいのか聞かれたうえで渡されるのかは分からなかったが、自らの意思で選ぶものとは違う本に出会ってみたかったので、このブックバーに行くことに決めた。

平日夜に降り立った神保町はとても穏やかで、視界に入るあちこちの建物に本屋らしき看板が見えてそれだけで特別感を味わえた。ブックバーには19:45頃到着したが、受付のお姉さんに「20時からなんです」と言われて外で15分ほど時間を潰した。再来店してお姉さんに「夜更けの読書セット」を注文する。飲み物はメロンソーダを注文した。お姉さんがメロンソーダを作っている間、店内の本棚を回って見ていいか確認して、ぐるっと並べている本を拝見した。そのほとんどがまだ私が読んだことない本で、書店でも目が合ったことのない本ばかりだった。いつかこのホテルに泊まって集中的に本を読む日を作るのもいいなあと思ったりした。

フロア内を一周したところでお姉さんから「お待たせしました」と声をかけられ、レトロなグラスに入ったメロンソーダとお好きなものを取ってくださいと駄菓子を渡される。また「この中から一冊文庫を選んでください」と反対向きになって10冊ほどの文庫が並んだボックスを向けられる。厚さはどれも同じくらいで極端に厚いもの薄いものはなく、あとは出版社によって紙色が違うことくらいしか選択の判断基準はない。私は直感的に真ん中にあり比較的明るい紙色の本を選んだ。こんな風に本を選んだのは初めてだった。

私が選んだ本は森久美子さんの『ハッカの薫る丘で』という本だった。私はこの本に関する情報を一ミリも知らないことが嬉しかった。お姉さんも「私もこれ読んだことないです」と仰っていて、二人してあらすじに目を向けた。

中村美紀子は北海道で農家の嫁として働いている。ある日、卒業以来50年ぶりに開催される中学の同窓会の案内が届く。1964年の東京五輪の開会式をカラーテレビで観ようと、級友とバスの旅をしたことを思い出す。当時実らなかった恋のことも…。夫に従い自分をおさえ暮らしてきた美紀子だったが、友との再会を機に心に変化が生まれた。
(『ハッカの薫る丘で』あらすじ)

「卒業以来50年ぶり」とは?!1964年の東京五輪のときに学生だった?!主人公の美紀子は65歳だった。同窓会に行って当時の恋のことを思い出す小説の主人公相場はせいぜい30歳くらいまでだと思っていたので、この時点で既に自分の固定概念を壊してくれる作品に出会えたと思った。1時間弱バーにいて100ページくらい読んだところで帰宅することにした。他のお客さんがどんな文庫を引き当てるのかも気になっていたが、私がいた1時間の間にバーを訪れた客はおらず、ホテルの宿泊客も外国人観光客ばかりだった。フロントのお姉さんに日本語以外で話しかけているのを見る限り、日本語の本を読むことは難しそうだったが、日本旅行で神保町のこのブックホテルを選ぶのは、それなりに想いがありそうではある。

今日ブックバーに行ってきてこんな本と出会ったよという報告と本のあらすじを友人のグループLINEに送ったら、何そのあらすじ気になると友人が早速楽天ブックスで注文していて笑った。思いがけない本との出会い、伝染。結局1週間ほどかけてこの本は読み終わった。最初は初恋の相手に中学生のように緊張している主人公にこんなピュアな65歳いるのか?!と思いながら読んでいたが、お見合いの失敗を繰り返しひょんなことから出会った夫と結婚し、北海道の農家で夫婦生活を続け、子どもは流産してしまい、夫や義母からのモラハラもあり、ぐっと自分を押し殺して生きてきた主人公が、同窓会に行ってから友達と連絡を取り合うようになり、初恋の相手とも少しずつ距離が近づき、活動的になっていく様は読んでいてとても心地よかった。勝手に同窓会に行って当時の恋のことを思い出す小説の主人公の相場は30歳くらいと決め込んでしまっていたけれど、それは現実世界でも同じで年齢相場を決めつける必要はなく、いつからだって新しい自分を始めてもいいんだと思える物語だった。

狙い通り自分では絶対に選ばない本に出逢えた。積読タワーにはまだまだ自分で選んだ本が並んでいるのでそれも読み進めていきたいのだけれど、またちょっと半径5メートルから抜け出したいと思ったら、ブックバーに行ってメロンソーダを飲もうと思った。