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Kis-My-Ft2横尾渉さんの美しい車庫入れ

Kis-My-Ft2

突然だが、私はこの世の中で「駐車」が最も苦手だ。「注射」ではない「駐車」だ。自分よりも何倍も幅の大きな乗り物を目の前のハンドルを回転させて、後ろ向きに進み、定められた場所におさめなければならない。助手席や後部座席で見ていた時はさほど難しい作業ではないと考えていたが、いざ自分が運転席で車を操縦する立場になると、途端にどちらにどれぐらいハンドルを切ればいいのかよく分からなくなる。運転経験のある家族や友人が助手席に乗っている時には、よく「もっと切らなきゃ」とか「切る方向逆でしょ」と隣から野次が飛ぶ。運転免許を取得して4年目だが一向に上手くなる気配はない。出来ることなら電車みたいに車の後ろにもハンドルを付けて置いて欲しい。そしたら堂々と突っ込むから。

前置きが長くなったが、先週の「キスマイBUSAIKU!?」のテーマが「かっこいい車庫入れ」だった。「駐車」に対するコンプレックスがある私にとって、このテーマは最早評価者としての立場は取れない。ただひたすらに尊敬の眼差しをテレビに傾けるしかないと悟った。私が乗っている軽自動車よりも遥かに大きな車を操って、狭い駐車場にインしなければならない、その巧みなハンドルさばきと、助手席に座る彼女のマイコに配慮した雰囲気づくりが、今回の評価ポイントとなる。真っ先に発表される第3位は、横尾渉さんだった。横尾さんは文句なしのハンドルさばきで一発で車庫入れに成功した。私が常日頃行っている切り返し等一度も行わなかった。かっこいい。車庫入れキラー・横尾渉誕生の瞬間。我、いとも簡単に敗れたり。しかしこれが3位とはどういうことだ、と思ったら、上位の藤ヶ谷さんや玉森さんは、一発KOではなかったものの、マイコとの会話でその部分をカバーして得点を稼いでいた。確かに、横尾さんはマイコと一言も喋ってない。黙々とハンドルを回し、着実に定められた場所へ車をおさめた。泣く子も黙る、横尾渉の車庫入れスキル、と色々殺し文句を考えてみたが、番組放送終了までにランキングの訂正が入ることはなく、横尾さんはまごう事なき3位だった。けれども、この「3位を獲る横尾渉」こそがまさしく愛でるべき横尾渉の味だと思った。

包み隠さず言うと、数年前まで私は横尾さんに激しく興味がなかった。「興味がない」に激しさも何もないだろうと思うが、私は「激しく」という言葉を敢えて付け足しておきたいくらい、未来に向かって横尾さんの魅力を理解出来る日は来ないだろうと絶対的に割り切っていた。その原因はMyojoで連載されていた「裸の時代」の横尾さんの1万字インタビューが、当時の私の理想とするアイドル像と酷くかけ離れていたからだ。「裸の時代」はこれまで語られてくる事のなかった、アイドルたちの裏の顔、努力の日々や挫折を味わった経験などが語られて、それが今の自分を作り上げているという号泣必至のヒストリーが定番である。そんな中で横尾さんのインタビューは、一際アイドルという職業に対する向かい方が軽かった。尊いものである、と私が日々感じているアイドルという職業を、こんなに軽んじている人が、尊い彼らと同じステージに立っていることがとても許せなかった。願ってもステージに立つことが出来なかった者たちの、去っていく背中まで想像して憤った。このインタビューはTwitter上でも酷評で、「自分の悪かったところを吐き出して、自分が楽になりたかっただけでしょ」「例え本心でそう思っていたとしてもそれは墓まで持って行くのがアイドルでしょ」と私がわざわざ言葉にしなくても、横尾さんを許すまじとした雰囲気が当時のTLから感じ取れた。けれども誰かを嫌うことにエネルギーを消耗したくないので、私は横尾さんを「激しく興味がない」対象として置くことで決着をつけた。

裸の時代

裸の時代

決着をつけてから数年後、Myojoで連載されていた「裸の時代」はKis-My-Ft2の部分だけ集めてキスマイ歴史物語として単行本になった。私は巡り巡ってそれを手に取ることになり、最後に収録されたメンバーの対談を読んだ。そこで最年長の北山宏光さんが「横尾さんは相変わらず不器用だね」とインタビューを読んだ感想を語っていた。不器用、便利な言葉ではあるが、確かにどう考えても敵しか作らないであろうあのインタビューを掲載することにした横尾さんの意図とは何なのか。自分をよく思われたい、という思いから普通の人なら好感度の上がるような挫折話を語る中で、あまりに正直に自分の至らなかった部分を露わにした理由は何か。そもそもあのインタビューを額面通りに受け取って良かったのか、想像力が欠如していたのは横尾さんではなく私ではないのか。ここで一旦私は「激しく興味がない」としていた横尾さんへのストッパーを解除することにした。

横尾さんへの興味がこれまでの意識とは逆流するように溢れ出して来たもう一つの理由に、藤ヶ谷太輔さんの存在がある。藤ヶ谷さんは、それはそれは嬉しそうに横尾さんのことを「わたる♡」と言う。メンバーの中で彼が最も心を許しているのが「わたる♡」であることに気づくのに時間はかからなかった。それぐらい分かりやすく「わたる♡」にベッタリだ。私が「激しく興味がない」としていた横尾さんに「わたる♡」とじゃれている藤ヶ谷さんを見ると、「わたる♡」の魅力を理解しようとしていない私はセンスのない野郎なのではないかと開眼させられた。藤ヶ谷さんが自分のテリトリー内に入れている「わたる♡」を、私はまだ発掘出来ていない。悔しい。こうして私の「わたる♡」探しが始まった。

「わたる♡」は、歌が下手だった。滑舌が悪かった。リズムも取れなかった。喋りも上手くなかった。MV撮影の日なのに歌詞を覚えていなかった。レコーディングの日にほとんど練習をして来なかった。アイドルとしてはどう考えても赤点、社会人としても赤点。もっと仕事に誠実に向き合え、喝を入れたくなる奴だった。もう“奴”とか言っちゃうレベルに。そんなどうしようもない「わたる♡」を、どうしても嫌いになり切れない理由が、彼が常にこちらが分かるレベルの緊張状態にあることだった。余裕のなさ、を隠せない。余裕がないから。「キスマイBUSAIKU!?」で「喋ると6位~7位になる」と言われるのは、彼が口下手だからである。マイコと向き合って、かっこよく気持ちを伝えようとすればする程上手くいかない、かっこいい自分に酔えない姿を見た時に、「何てこちら側の人なんだろう」と思った。そこにすごく好感を持てた。「わたる♡」の余裕のなさにときめいたのは、まさしく自分も似た様なタイプだからである。良いことを言おう言おうとすると噛んでしまったり、心を込めて言わなきゃと思うと逆に棒読みになってしまったりする。「わたる♡」に対するもどかしさは、自分に対するもどかしさである、と定義づけられると、喉に引っかかっていたものが取れた気がした。いや本当は「わたる♡」は私なんかよりもっと出来た人間なのかもしれないけれど。

「かっこいい自分に酔えない」のは夢を見せるアイドルにとっては欠点かもしれないが、それはひとりの人間として「冷静に自分を俯瞰出来る」という利点に繋がったりもする。不器用ながらもテレビ程の注目を浴びていないという点で「わたる♡」がリラックスしているのがラジオで、先日二階堂さんとの話の途中で「わたる♡」が放った言葉が素敵だった。二階堂さんが世の中に対する鬱憤を語った時に、「でもそれは言ったからには二階堂も守らなきゃいけないからね」と自分たちの発言はブーメランとして自分に返って来ることを二階堂さんに諭していた。あぁ、この人はやっぱり自分たちの発言に伴って発生するリスクを考えている人なんだ、と思った。それはもしかしたら最近身につけたものかもしれないけれど、そのリスクを先回りして読むことが出来るならば、あの時リスクまみれでみんなに覗き込まれたインタビューも、何かしらの考えがあったのかもしれないなと思った。根はきっとそんなに悪い人間ではないのに、自分を敢えて悪く映し出そうとした「わたる♡」は正直者で、北山さんの言葉を借りれば不器用なのかもしれない。でも本当に不器用な人はあんなに美しい車庫入れは出来ないはずだ。

口下手ではあるが、メールイケメンであることが、「わたる♡」が本当に不器用ではないことを証明している。「キスマイBUSAIKU!?」のメインコーナーでは散々な結果を残しても、メールの文面だけで付けられた評価では高評価を獲得することが多い。自分という入れ物を介さずに相手に気持ちだけダイレクトに伝えるのは得意という点まで自分を重ねて見てしまう。「わたる♡」は私にとって、自分を映し出した鏡のようであり、新しいアイドルの形である。藤ヶ谷さんが「わたる♡」の魅力を聞かれてこう答えていた。「1回目じゃ分からないけど、2回目か3回目くらいで魅力が分かって来る」と。ええ、来ました、来ました、私のところにも、じわじわと。4回目や5回目には更なる風を吹かせてくれるのではないかと思いながら、とりあえず2~3回目の「わたる♡」の風を浴びた記念として、ここに記しておく。