これまでの私のジャニヲタコミュニティと記録ツールの歴史


さささんのこの記事がとても面白かった。私は今Twitterはてなブログを使ってジャニヲタ語り厨(この単語には揶揄的要素が強いと思うので積極的に自称はしないが、概ね周りからそんな印象を抱かれていると思う)として日々言葉を連ねている訳だが、ご存知の通りこのブログは2013年からの記録しかない。随分最近の話である。またTwitterも最初に始めたのは2009年頃である。勿論それよりも前からジャニヲタであり、書くこともかなり前から続けている日課である。では、ジャニヲタとしてはてなブログを始める前、Twitterを始める前、私は一体何処に居たのか、如何にして此処に流れ着いたのか、ということをせっかくなので振り返ってみたくなった。

  • 2003年~(中学生) 好きなタレント:草野博紀(NEWS)/コミュニティ:同じクラスの友人/記録ツール:交換ノート

私がジャニヲタになったのは2001年だが、当時はその興奮や感動を誰かと共有しようという気持ちはそこまで強くなかった為、特別記録してたものがない。その為恐らく最初に記録を始めたのが2003年、NEWSのデビューと同時に草野さんのファンになった頃だと思われる。当時は同じクラスで同じ部活で仲の良かった友人が嵐の相葉雅紀さんから担降りし、同じタイミングで小山慶一郎さんにハマった為、二人でNEWSのことだけを綴る交換ノートのやり取りをしていた。私が1日に5ページくらいびっしりと書き連ねて回すので、小山担の友人が毎度その濃度にびっくりしていたが、徐々に彼女が私の熱量についていけなくなり彼女のターンで終わったまま小山担の実家でそのノートは眠っている。名前は「NEWSノート」だった。そのまんま過ぎる。4年前の同窓会の時に読みたいから持って来てよと頼んでいたが、すっかりヲタ卒してしまっている彼女にとってそのノートを持ってくることはあまり重要ではなかったようで、持って来るのを忘れたとのことだった。ちなみに彼女は昨年結婚し元気な長女を出産した。恐らくその子供にはジャニヲタ遺伝子はほぼ引き継がれていないと思う。

コミュニティは「同じクラスの友人」から「隣のクラスの友人数名」まで広がったものの、相変わらず記録ツールは「交換ノート」である。2005年と言えばパソコンを持つ家庭も十分に増えてインターネットを利用する環境も整ってきた頃だと思うが、この時点の私はまだジャニヲタとしてインターネット社会に進出する気はなかったようだ。日常のことを綴る場所としてのブログは持っていたが、隣のクラスの友人たちとお喋りしているだけでも充分に楽しめる為、外でジャニヲタの友人を作る気は全くなかった。そしてコンサートを気軽に見に行ける訳ではない地方の高校生だった為に、必死になってレポを追うという習慣もなく、私が見れる範囲のものだけを見て大いに楽しむ低燃費ヲタだった。ちなみに交換ノートは、安田担、堂本剛担、赤西担、の間で回していたのだが、それぞれ守備範囲が微妙に違う為、各々が自分のページで好きなこと語るという形式で書いていて、あまり交換している意味はなかったかもしれない。ちなみに一緒に交換ノートを綴っていた彼女たちは、今現在全員ヲタ卒している。

  • 2008年~(大学生) 好きなタレント:中島裕翔、森本龍太郎(Hey!Say!JUMP)/コミュニティ:mixiでの交流から生まれた16人程の集団/記録ツールmixi

私のジャニヲタ人生で一番馬鹿をやってたのがこの時代にあたる。mixiは元々一般の友人たちとの交流で使っていたのだが、Hey!Say!JUMPの情報を調べている内に、めちゃくちゃ面白い関西のお姉さん4人組の日記に遭遇する。全員JUMP担で仲が良く、コンサートが無くても一緒に鑑賞会をしたり、遠出をしたりしていて、その日記の内容もさすが関西人という笑いのレベルの高いものだった。最初こそこっそり読んでいたのだが、mixiには足あと機能というものがある為に、何度も通い詰めていると怪しまれるのではと思ったことと、どうしてもこの人たちに近付きたいという思いから、メッセージで「ファンです」と伝え、次のコンサートの時には彼女たちへのファンレターを忍ばせながら会場に向かった。「ヲタクのヲタク」みたいなことを始めた訳だが、4人組のお姉さんたちはファンレターを持って現れた特異な私を面白がって受け入れてくれ、また同時期に同じ様にそのお姉さんたちに近付いた者(後に私の相方となる)がいたことから、それ以降コンサートの度にそのメンバーで集合し、mixiでも頻繁に身内ネタを含んだ日記を書いていた。今でこそこんな開けた場所で書いているが、当時は一人のタレントに対するファンは一人、という原則が守られたコミュニティに属していた為、「イコールの関係」(Aくんのファン=Aくん担当のBちゃんだけ、その他のAくんのファンは仲間として認めない)という意識が非常に強く、だからこそ「DD」(誰でも大好き)という立ち位置は取りづらかった。その当時の感覚が強いからか、今Twitterでは自分のDD的な立ち位置が誰からも糾弾されることなく成り立っていることに未だに動揺していたりする。こんな風に書くと窮屈そうに聞こえるかもしれないが、その分密度は非常に濃く、毎日の様に笑いのセンスに溢れた日記があがってくる為、毎晩腹を抱えて笑い転げる日々だった。ちなみにその後もお姉さんたちを慕う人が続々と増え、最終的に16人程の集団になっていた。ちなみに今現在はその内8割がジャニヲタとして生き残り、更にその内の6割は担降りして色んなグループに散っている。ほとんど毎日お笑い養成所に通っていたようなもので、自分の文章で人を楽しませたいという傲慢な気持ちが出てきたのは間違いなくこの頃である。

今のTwitterアカウントはメインアカウントとしては3個目であるが、1個目を作成したのは2009年頃だったと記憶している。元々新しいもの好きである為に好奇心で登録したのだが、その当時は上述のmixiでの活動がやたら楽しかった為に、作った後暫くの間放置していた。その後何故改めてTwitterを開始することになるのかと言えば、「レポ」の為だった。それまでは上述の狭いコミュニティの中で生きていた為、自分が行けなかったけれども知り合いが行っていた公演の話はハンカチを噛みながら聞いているしかなく、きちんとお金を落としているものだけが手に入れることが出来る「特権」だと思っていた。ところが、2010年のSUMMARY開催時期、毎日の様に誰かしらの公演レポが流れているのである。一体、誰が、どんな目的で、こんなことを無償で、とレポ文化を知らなかった当初は貪るように読み耽った。レポを流す彼女たちは「私たちだけがこれを見ることが出来たのよ」という優越感に浸りながら流している訳でなく、純粋なお裾分け精神だった。今でこそジャニヲタのTwitterでのレポ投稿は当たり前の様に行われているが、当時は自分にとって革新的な発想で「これなら行かなくても全ステした気になれるじゃん!」と舞い上がった。だからと行って1公演も行かなくていいという発想にはならなかったのだが。

そんな訳で「レポ」という恵みが降ってくることをきっかけに、早速mixiからTwitterに移住。しかし毎日お笑い養成所に通っていた様なテンションの私は明らかに呟きの性質が他と違うことに気づき、一旦固まる。何かが、おかしい。今まで見てきたジャニヲタとどこか違う。と私が思っていたことを恐らく先にTwitterに居た皆様も思っていたことだろうと思う。私の知らない共通言語で会話がなされ、ほとんどがエアリプで会話するくらい、当時Twitterに住んでいたジャニヲタの数は少なかった。暫くの間私は空気を読む為に、ROMっているしかなく、それでもこの人たちは何故こんなに全員が仲睦まじ気なのか分からず、一人の先住民に聞いてみたのだった。すると、当時はてなダイアリーをやっていたジャニヲタたちが一斉にTwitterを開始し、そのダイアリーを読んでいたジャニヲタたちも彼女たちの呟きを見たくてTwitterを開始、その為にはてなダイアリーの有名ヲタがTwitterの中心に位置付けているということを教えて貰った。その当時はてなIDなんて持っていなかった私は、そもそもはてなを使って物を書く知り合いも居なかった為に衝撃を受け、自分も仲間として認められるように急いではてなIDを取得したのだった。そこでやっとTwitterとしての市民権を得た記憶があり、よって現在のTwitterはてなブログという順序は私の記憶と逆転しているのである。

結果的に5年近くTwitterに居ることになるのだが、新しくて使いやすいツールが出来たら新しもの好きとしてはいつでも移住する覚悟で居るけれど、現時点ジャニヲタの情報収集ツールとしてTwitter以上に有効なツールは出てこない。これまではmixiや他ブログサイト等に居たジャニヲタも記録ツールのサブ的ポジションでTwitterを使い始め、そのままこっちがメインになってしまった人も多いと思われる。Twitterの良いところは、「フォローされたら必ずしもフォローを返さなければならない」というルールがないところで、両思いにならないと成立しなかったmixiのマイミク機能より気軽に人の呟きを取得することが出来る。自分と全く同じTLを作っている人は居ない為、どこかのコミュニティに属している必要もなく、個人個人で好きな様にTLを作りかえられるところも利点である。

また一つのグループを応援していると見えづらかった他グループの活動内容やコメント等も、RTで回ってくることが多く手広く把握したい人間にとって自分が移動することなく待っているだけで情報が手に入るようになった。逆に言えば、自分の好きなタレントの話を発信し続けることによって思わぬところで興味を持ってもらえる機会も増える為、以前に比べて自分の応援しているタレントの“ステマ活動”をするジャニヲタが増えて来たように思う。「同担拒否」(自分と同じタレントを応援しているファンを受け付けないこと)のジャニヲタは恐らく非常に住みづらい場所だと思われる為、彼女たちの住所は今もCROOZブログ辺りにあるのかとても気になっている。

という訳で無駄話を交えながら自分のコミュニティと記録ツールを振り返ってみた。はてなブログを使ってブログを書き始めたのもTwitterがきっかけであり、自分がこんなにDDをこじらせてしまっているのもTwitterがきっかけであり、Twitterが無かったらまた違う形のジャニヲタになっていた気がする。140文字で呟ける気軽さも手放したくないし、長文でだらだらと語れる心地よさも手放したくないので、やっぱりこれからも暫くの間はTwitterはてなブログの二刀流が続くと思われる。