映画『秒速5センチメートル』


映画館で隣に同行者以外の人がいる状態があまり好きじゃないので、満員の映画館は極力避けている。だから多くの人が観に行くであろう『秒速5センチメートル』は公開から少し時間が経ってから観に行こうと様子を見ていた。しかし一向に座席に余裕ができる気配がない。公開時に比べると小さなスクリーンに移っているものの、その少なくなった座席はほとんど埋まっている。けれどもそろそろ2025年すでに『ファーストキス 1ST KISS』で世間を唸らせたのに、更に『秒速5センチメートル』でその勢いにブーストをかける松村北斗さんを見逃してはならないという思いでぎゅうぎゅうの映画館に向かった。

主人公の遠野貴樹に対する感情を一言で表すと「蹴りたい背中」だった。社会人になっても付き合っている彼女に「私と一緒にいるの、楽しくはないけど楽でしょ」と言わせてしまうほどに愛情が見えづらく、中学時代にも自分のことが好きな女子からの好意を受け取りながらもそれを積極的には引き受けない、はっきりしない態度で接し続ける。しかしその背景には小学校のときに出会った初恋の相手との約束にずっと想いを馳せていた切実なピュアさがある。映画館を出たときに後ろにいた若い女性たちが貴樹のことを「30歳でアレはない」と憤慨していたのが面白かったのだが、その感想は辛辣ではあるものの、貴樹をリアル世界まで引き摺り込んで同世代男性と対等に並べてジャッジした感想でとても印象に残っている。きっと彼女は高校時代の澄田かあるいは社会人時代の水野の気持ちになったのではないかと思う。こちらの好意を正面から受け止めてくれないくせに一緒に居続ける貴樹に怒っているのだ。だけど自分の方を見ていないであろう人は時に魅力的に見えるのである。いつも遠くを見ていて掴めそうで掴めない雰囲気を纏っている貴樹は見る人が見たら魅力的なのだ。だから苛立ちも愛情も感じてしまう貴樹は「蹴りたい背中」だ。

この誰の視点で見るかによって判定が異なる貴樹という役柄を、松村北斗さんは絶妙な湿度で演じていた。どこにも辿り着けない絶望感も、のらりくらりと誰かと付き合う軽薄さも、初恋に対する僅かな希望も後悔も、多くは語らないのに何となく貴樹が感じていることが伝わってくる細やかな表情の変化をスクリーン上で見せていた。この役を松村北斗以外の誰が演じられただろうかと思うくらい、松村北斗さんのリアル社会に馴染むナチュラルな雰囲気が、貴樹の解像度をグッと上げていたように思う。

映画館から駅までの帰り道、原作の詳細な話を饒舌にしていたアラサー男性二人が、急に「松村北斗か〜」と呟いて黙り込んだ。その「松村北斗か〜」にはそれ以上は言語化できない敗北のニュアンスが含まれているように私には聞こえた。私も「松村北斗クゥ〜〜ッ!」という何とも言えない気持ちだよと手を取り合いたい気持ちだった。人が大勢いる映画館に行くことを今まで避けて生きてきたけれど、憤慨する女性たちといい、敗北する男性たちといい、鑑賞後に誰かのリアルな感想がうっすら聞こえてくるのは、たくさんの人が観にくる映画館ならではだなと思った。

「松村北斗出演映画にハズレなし」の無双状態になりつつあるが、映画の神様に選ばれ続ける松村さんが次はどんな作品を演るのか、今から楽しみだ。