勝利の女神は、渡辺麻友さんに微笑んだ。気高く美しい正統派アイドルは、夜の雨を吹き飛ばすように輝くばかりの栄光を手にした。王者だけが座ることが出来る熟した桃と等しい色の椅子に、「失礼します」と一言添えてから座る彼女は、ようやくたどり着いた場所から見える景色をしっかりと噛み締めていた。AKB48第6回選抜総選挙、渡辺麻友さんが悲願の首位を飾った夜。正統派アイドルが正当に評価されたことはとても喜ばしい。報われるべき存在が報われた、幸せな夜だ。
その一方で自分でも驚く程私は悔しがっていた。私は自分で思っていた以上に、指原莉乃さんのことを好きになっていた。過去に前田敦子さんや大島優子さんが王者の座を奪い合っていた時も、昨年指原さんが王者になった時も、誰が1位になるかについてそこまで思い入れたことがなかった。特別推している訳でない限り他のメンバーに対しては平等に好意を抱いていたため、その中のどの子が中央に立っても私はそれを容易く受け入れられるという立ち位置にいた。それが今年はどうも自分の立ち位置がぶれてしまった気がしている。この1年でより指原莉乃さんのことを好きになってしまっていた。
先月指原推しの友人と「今年の総選挙で指原さんは二連覇するか」ということを語らいながらパンケーキを食べた。朝早くから並んで整理券をもらって食べた程の人気店だったはずなのに、もうあの時のパンケーキの味を思い出すことが出来ない。私たちは当然指原さんが二連覇をするであろうという前提で話をしていた。この1年間も変わらず48グループ内に留まらない「芸能人」としての安定した仕事量をこなしていた指原さんに勝てるメンバーなどいないと信じて疑っていなかった。指原さん以上にこの芸能界に名を馳せる人材が48グループから生まれなかったことを憂いたりしていた。彼女の二連覇は揺るぎないものであると思い込んでいた。
「私は王道アイドルではありません」総選挙のPR動画でそうはっきり言ってしまえる指原さんはかっこよかった。王道を生きなくても一番になれる、ヘタレと呼ばれていた女の子が突如活動の場所を移すことになり、そこでプレイヤー兼プロデューサーという立ち位置で実力を発揮し、そして頂点に立つ、この指原さんのサクセスストーリーを愛していた。そして頂点に立った曲がAKB48の代表曲になる、というオマケまで付いてきて、彼女には向かうところ敵なしかと思われた。自身がMCを務めるHKT48の番組ではフットボールアワーの後藤さんに唆されて、二連覇した時のスピーチの練習を番組上で行い、その様子もまた滑稽で彼女のバラエティセンスが光っていた。
彼女が二連覇すること以外の結末を考えていなかっただけに、総選挙発表が終わった後も暫くの間、ぽかんと宙を眺めていた。渡辺麻友さんが首位を獲得したことにも格別なストーリーがあってそれも私は愛することが出来るはずなのに、客観性を失った思考は一時停止をしたままで次に進めなかった。しかしそのまま点けていたテレビ画面には1時間後にケロッとした表情の指原さんが現れた。VTRに行く予定だったテレビ局の段取りを止めてまでして今インタビューを受けたいというので、何か大きなことを言うのかと思ったら、通常営業の指原莉乃さんに戻っていた。その切り替えの早さには脱帽する。けして表に見せている顔だけが真実ではないにしても、彼女は気にしていない振りをするのがとても上手い。私たちはそれに騙されて安堵する。
消化しきれない重い気持ちを引きずりながら明日も仕事に出勤しなければならないと思っていたのに、総選挙の1時間後には軽やかなトークを繰り広げている指原さんを見たら、自分もこれぐらい鈍感な振りをして生きていきたいと思った。ちょっとやそっとのことで動じず、動じたとしても動じた自分に気づかない振りの上手い人間になりたいと思った。挫折があった方がストーリーとして面白い、自分の順位を受けて咄嗟にそんな返し方の出来る客観力を持った指原莉乃さんが、私はやっぱり大好きだ。明日から「2位の指原莉乃」として彼女がどう生きるのか、きっとまた彼女らしい正解を見せてくれるはずで楽しみだ。