ビールとキャラメルの「おまけ」としての小説

人生で初めてのアサヒスーパードライと、10数年ぶりかと思われる森永ミルクキャラメルを買った。
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「ビールとキャラメル」ってどんな組み合わせだよ、と思われたかもしれないが、この異様な組み合わせの理由はこれである。

「人気直木賞作家 角田光代朝井リョウ 書き下ろし小説がキャラメルのパッケージで読める!」「スーパードライ1缶で1話読める! ベストセラー作家5人が、“ビール”をテーマに4話完結のストーリーを書き下ろし」、初めて知った時めっちゃ面白いなと思った。どちらの企画にも参加されている朝井リョウさんの情報を漁っている時にこの企画を知ったのだが、「キャラメル×小説」「ビール×小説」という特別親和性を感じた事のないコラボレーションに、単純な面白さを感じてしまった。例えばこれが「コーヒー×小説」だったら、まだもうちょっと納得したかもしれない。カフェ好きと小説好きは何となく近い気がする。けれども、キャラメルというお菓子は子どもたちのものというイメージがあるし、ビールは仕事から疲れて帰ってきたサラリーマンたちのものというイメージがあって、そのどちらとも小説が近しい関係にあると考えた事がなかった。だから「キャラメルと小説」の購買層は被るのか、「ビールと小説」の購買層は被るのか、と考えてみたけれど、そもそも購買層が被っているのであれば販促企画としてはあまり意味がない。その二つの購買層が被らないからこそ、普段買わない人が手を伸ばす、なるほどと思った。

そうして私も、人生で初めてのアサヒスーパードライと、10数年ぶりかと思われる森永ミルクキャラメルを、朝井リョウさんの小説目当てで買った。ビールは普段飲まないので買わないし、キャラメルも普段食べないので買うことがない。だけど、その「普段買わないもの」を買う体験も何だか楽しかった。アサヒスーパードライについては、対象となるコンビニで買い、そのレシートを写真に撮って専用サイトで送信すると、小説が読めるという仕組みだったので、向かったのは普段行き慣れているコンビニではあるけれど、ビールの陳列棚に手を伸ばすのは初めてだなと思いながら買った。また森永ミルクキャラメルは、久しぶりに最寄りのスーパーまで出向き、小さい子どもたちが集まるお菓子コーナーで、子どもたちに混ざってキャラメルを探した。ただ小説が読めるという「おまけ」以外に、「普段買わないものを買いに行く」という体験も出来る事にわくわくした。

またどちらの小説も「ビール」と「キャラメル」が物語の鍵になっていて、そのキーワードを使って複数の小説家が企画に参加しているので、アンソロジー的な読み比べをする事も出来る。私は朝井リョウさんの小説しか読めていないが、紙の上ではなく飲食料品の「おまけ」として、どんな勝負を仕掛けて来るのか、他の作家の遊び心も気になってくる。短編集は買ってしまえば全て読めてしまえるけれど、これは買い足さないと読む事が出来ない。立ち読みも出来ない。「本ではないもの」に対する特別な興奮が確かにある。

誰が最初に考えたのかは分からないが、「小説を飲食料品のおまけにする」という発想に、想像以上にときめかされた。普段ビールなんて買って来ない私の異常な行動に気付いた母が、「そのビールどうしたの」と聞いて来たので、かくかくしかじか説明してみたら、「へ~小説買ったらビール付いて来るんだ~」と返された。私の説明が不十分だったのもあるが、確かに「ビール」と「小説」という単語が並んだら、どちらがより「おまけ」要素が強いか考えたら、「ビール」の方が俄然これまでの歴史の中で「おまけ」になった経験が多いと思う。けれども今回の「おまけ」は紛れもなく「小説」の方なのだ。主役は「ビール」、おまけが「小説」。母の言葉で、またこの企画の面白さに気付けた。

ちなみに、購入したビールはビール好きの母の腹に、キャラメルは私のお菓子袋に、朝井リョウさんの小説は私の頭の本棚へ、全部綺麗におさまった。