「タイプライターズ 物書きの世界」 又吉直樹×加藤シゲアキ×朝井リョウ対談感想


というツイートを投稿したのが6月2日。朝井リョウさんがアイドルを題材にした「武道館」という小説を書いたこのタイミングで、アイドル兼小説家であり自身のデビュー作も芸能界を舞台にした「ピンクとグレー」という作品だった加藤シゲアキさんを対談させないなんて、テレビも雑誌もwebも何をやってるんだという思いを込めて何気なくツイートしたら、まんまとその2日後には夢が叶い、朝日新聞に二人の対談記事の一部が掲載され、webにも全文が掲載された。(http://www.kadokawa.co.jp/sp/ks/talk.php)「関係者の方よろしくお願いします」と書いたが、私のツイートとは全く無関係にとっくに事が進んでいたという事が嬉しい。そして、この1回のみで終わらず、6月26日に放送された加藤さんと又吉直樹さんがMCの単発番組「タイプライターズ 物書きの世界」において、ゲストとして朝井リョウさんを迎える形でもう1度私の夢が叶う形となった。言霊。これからも積極的に夢を言葉にしていこうと思う。朝日新聞の対談は、加藤さんの新刊「傘をもたない蟻たちは」について語る内容で、「タイプライターズ 物書きの世界」は朝井さんの新刊「武道館」について語る内容で、こちらの方が内容も濃く厚かった為、今回は後者の感想を書き記しておきたい。感想を書き記しておきたいというより、それぞれの発言を記録しておきたいと言った方が正しい。

朝井「アイドル=地球外生命体」

加藤:まず、どうして「武道館」っていう小説を書こうと思ったんですか。
朝井:今、現代人を象徴してるものって何だろうって考えた時に出てきたのがアイドルだったんですよ。色んな映画とかでたまに、地球外生命体みたいなのが地球に降りて来て、その周りの反応を描く事によって、その時代を描くっていう作品があると思うんですよね。今の時代でいうその地球外生命体的なものって、僕はアイドルなんじゃないかと思っていて。
加藤:ほお。
朝井:目の前にして申し訳ないんですけど。
加藤:いやいやいや。
朝井:何しても起こる人も居るじゃないですか。アイドルが何しても起こる人も居るし、アイドルが何してもギューンとなる人も居るし、かと思ったら、今社会学者の方々がアイドルを論じていたりだとか、アイドルに関する社会学の本とかも凄い出てたりするし、研究対象にもなってたりだとかする、って事は、色んな現代人の何かを反映してる怪物みたいなもののような気がしたんですよね。可愛くなきゃいけない、若くなきゃいけない、でも恋愛しちゃいけないとか。自撮りで映ったサンダルが凄い高かったら、それはそれで駄目とか。応援してるんだけど良い生活はして欲しくないとか。
加藤:ここでそんな裏話出てくるとは、僕としては営業妨害なんですけど(笑)。
朝井:そういう両立出来ない欲望みたいなものを、とにかく叶えなきゃいけない存在として、凄い地球外生命体感がやっぱりあったんですよね。本来成り立たない欲望を、アイドルだけは成り立たせてる。
加藤:宇宙人がアイドルとして、その周辺を描くとしたら、アイドルファンが主人公なのかなって思うんですけど、これでいうと主人公がもうアイドルになってってところから始まるじゃないですか。
又吉:仰る通りなんですけど、アイドルの物語。アイドルが徐々に成功していく物語なんかなって予備知識なく読み始めた時に、家族ぐるみの子供の会話とかが出てきた時に、もうちょっと泣きそうになるんですよ。そうやんなって。
朝井:それはそうなんです。
又吉:この子が多分アイドルになるんやなって読み始めて思うじゃないですか。その時に、あっそうやんって、子供で、
朝井:前後があるんですよね。
又吉:あんねや、その瞬間しか見てないけど、そうやそうやっていう風に、なるのが物語の凄いとこやなって思って。僕も自由でいいやんとは思うけど、確かにどっかで自分の好きなアイドルが、熱愛発覚ってなった時に、ちょっとあるじゃないですか。

アイドルを地球外生命体に例えるくだりは、実際に「武道館」の登場人物の台詞の中にもあって、「地球外生命体」という言葉自体は少し乱暴にも聞こえるけれど、だけどそれぐらい特別な位置でこの世界に存在しているものだって意識させる為には絶妙なワードだなと思っていた。この話の中で一番好きだったのは、又吉さんの「家族ぐるみの子供の会話とかが出てきた時に、もうちょっと泣きそうになるんですよ」という言葉だった。又吉さんはアイドルではないものの、それでも芸能界で生きている人でありながら、この物語を芸能界側の人間の視点ではなく、朝井さんが用意した読者の視点で読んでいた事が分かる感想だなと思った。主人公の女の子が「アイドルになる以前」の出来事も描かれている「武道館」を読んだ時に、私も誰しも「普通の女の子だった時代」を経ている事が思い出されたし、「その瞬間しか見ていない」という又吉さんの言葉には改めてハッとさせられた。私たちは「その瞬間しか見ていない」し、何なら「その瞬間」の中でも「公表されているその瞬間」しか見ていない。「その瞬間」以外の瞬間、がある事を忘れがちだ。

朝井「アイドルが欲の塊だって事は自明の事、大前提」

加藤:いいんですか、例えば好きなアイドルが恋愛スキャンダルとか出ても。それとは別だって事ですか。
朝井:全然良くて。オーディションを受けに来る人って、自分は絶対有名になりたいって、自分は絶対表に出る人間なんだっていうのを、凄い剥き出しにして来てるんですよね。何かその人間的な部分の方が印象が強くて、あの人たちが欲の塊だって事は自明の事というか、大前提なんですよね。だから恋愛とかそういう人間的な欲望に司られる行動をいくらしていたとしても、そこに驚く事はないっていうか、そうだよねっていう感じに思う。
加藤:そうなっていくといいなって、当事者からすると。でも何年もアイドル文化っていうのはあるのに、変わらないって事は何か普遍的性がそこにあるのかなって僕は思っちゃうんですけど。

これは加藤さんの質問がとても良かった。朝井リョウさんは「武道館」という小説を書き、自身もアイドル好きでありながら、実際のところ「アイドルの恋愛」に関してどういう風に捉えるのだろうと私も感じていた。小説内である程度のメッセージは発信しているものの、それが直接著者自身のスタンスとは異なる場合もあるし、必ずしも著者の意向が物語に反映されているとも限らない中で、朝井さんはどう考えているのだろうと思ったが、「アイドルが欲の塊だって事は自明の事」という表現には、鋭すぎる潔さを感じながらも、意外性もあった。アイドルを好きな人間である以上、「アイドルの恋愛」に対する違和感をゼロにするのは誰しも難しいのではないかと私は思っていて、自分自身も表ではこんな風に潔く割り切った事を言えたとしても、心の何処かでどういうベクトルかはその時それぞれだけど、この問題について綺麗さっぱり整理する事が出来ない鬱憤を抱えていると思っている。他の出来事に対しては割と寛容なファンが、恋愛に対しては途端に怒りを露わにし、またその怒りを露わにする事が正当な行為として成立しているファン文化に対しても、同時に煮え切らない何かを感じていたりする。朝井さんの回答を聞いて、改めて自分は「アイドルの恋愛」に対してどう感じているのか、整理してみたいと思った。

又吉「怒りの感情が沸くって事は、どっかでみんな分かってる」

朝井:やっぱり読んで下さった方の反応も凄い割れてて、議論が起きた事が凄い嬉しいんですよね。自分がどういう考えの人間なんだろうって、本を読んで考えている時凄い幸せなんですよ。自分ってあんまりこういうの考えた事なかったな、自分はどういう考えの人間なんだろうって、凄い立ち止まらせてくれるというか、未知のものに出会うっていうか、自分の頭の中に無かったものに出会う瞬間って楽しいので、この本を読んで怒りの感情が沸く人も多いと思うんですけど、そういう人が増えた方が、この本を書いた意味があるのかなって凄い思いますね。
又吉:怒りの感情が沸くって事は、どっかでみんな分かってるんだよね。えっ、そうだったのって人はまぁいないでしょ。あんまり。
朝井:恐らくその加藤さんみたいに、実際に本当にアイドルやられてる人からすると、そういう事を言わないようにしてきたんだけどって、そこは凄い申し訳ないなと思うんですけど。
加藤:すげえ分析されてるなって、詳しいなぁって思いましたけど。
又吉:でもね、サンダルが高価やったらアカンとか、それって女性アイドルの方が大きくないですか。男性アイドルってむちゃくちゃかっこよくて、全部出来る万能な人とかも未だに凄く人気やし。
加藤:だから男性よりも、男性は歳とる程かっこいいって言われがちですけど、女性は「劣化」って言葉を使われやすいですよ。酷い言葉だなぁと思いますけど。だからこそ、そこには誰も手に入れられない何か魅力が。
朝井:濃度の違いは確かにちょっとあるかも。
加藤:あるとは思いますね。でも男性も完璧過ぎるから良いってのは比例しないですね。僕が見てきた経験ですけど。隙がある方が可愛いし、完璧なものを見るんだったら日本じゃなくて良いんですよ多分。それこそ韓国の人とか技術が凄いって言われたりとか、マイケルジャクソンでいいとか。日本人のアイドルを応援するって事は、やっぱり。こんなに言っていいのかな俺(笑)。
朝井:後から全部誰か書き起こしますよ。
加藤:絶対メモんないで欲しいわ(笑)。

加藤さんごめんなさい、がっつり書きおこしました。このくだりの中で一番良かったのは、やっぱり加藤さんが「こんなに言っていいのかな俺」と自分の発言を振り返って後悔し始めたところである。我々からしてみれば、けして暴露し過ぎた発言は見当たらないが(もしかしたらOAにあたってカットされている部分があるのかもしれないが)、男性アイドルでも完璧である事と人気がある事は比例しないという話は、確かにジャニーズ事務所のアイドルが個人で発言している機会はあまり見かけないかもしれない。そもそもそういった事に思い悩んでいるのは、選抜総選挙や握手会などで人気の昇順がダイレクトに本人たちに伝わってしまうAKBグループを始めとする女子アイドルのイメージが強い。けれども発言していないだけで、男性アイドルの中にも常に人気を意識する気持ちはあって、言わない事がかっこいいとされている中で今回の対談で言ってしまったから加藤さんは心配していたのかもしれないと思った。


他にも興味深い話が1時間に渡って繰り広げられていて、私はこの番組の音声だけを抽出して常に持ち歩きたいと思ったくらい今回の対談を気に入っているのだが、朝井さんの「武道館」について加藤さんや又吉さんの話が聞けたのが何よりの収穫だった。加藤さんは、小説家としてデビューした頃にラジオで「朝井リョウさんに会ってみたい」という話をしていたので、年齢も近い二人、また同じ芸能界を舞台にした小説を書いた者同士としてまさに今が出会うべきタイミングだったのではないかと感じる。そこに芸人として小説を書いた又吉さんも加わって、芸能界に生きる側と描く側の両方の視点を持つ者が集ったこの対談は、芸能界を見る側の人間にとってとても興味深い内容だった。「タイプライターズ 物書きの世界」は第2回があるかどうかは未定らしいが、本好きとしてもアイドル好きとしても楽しめる充実した番組だったと声を大にして言っておきたい。