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KAT-TUN担ではない私がジャニーズで一番KAT-TUNのコンサートを愛する理由

KAT-TUNのコンサートがジャニーズで一番好き」2009年に初めてKAT-TUNのコンサートを見に行った時からずっと私はそう主張して来た。初めて見たのは「KAT-TUN LIVE Break the Records」、当時東京ドーム8日連続公演という記録を打ち出す為に連日行われていた本公演に私は足繁く通った。元々2公演分のチケットは事前に手配していたものの、そこに日替わりで後輩ゲストが登場するという要素も加わり、気がついたら飲み会が入っていた1日を除いて、連続公演の8日間の内7日間東京ドームに足を運んでいた。最初こそ記録公演に対する好奇心で足を運んでいたものの、最終日には「KAT-TUNコンが一番好き」と言ってしまう程にKAT-TUNコンに惚れていた。そこからKAT-TUNのコンサートがある度に毎回見に行く様になり、KAT-TUNコンだけの為に遠征だってするようになった。それなりに長いジャニヲタ人生の中でKAT-TUN担を通ったことは一度もない。また誰かメンバー個人に対する深い思いれがある訳でもない。私はただ“KAT-TUN”というイメージの集合体にずっと夢見ている。“KAT-TUN”の世界が最も綺麗に反映されているのがコンサートであり、それは唯一無二だと思っている。今回は、私がKAT-TUNのコンサートをジャニーズで一番愛する理由について述べてみようと思う。

  • 徹底されたコンセプトづくり、KAT-TUNというブランド

まず「KAT-TUNのコンサート」の前に「KAT-TUN」そのものが一つの概念であるという点に触れておきたい。アイドルというものは「笑顔を振りまき人に元気を与える者」という固定観念があるが、それをアイドルの定義とした場合、彼らはアイドルという枠組みから外れてしまう。KAT-TUNの楽曲の中にも勿論明るく元気になる曲はあるが、シングル・アルバムの表題曲としてそれらの楽曲が選ばれることはほとんどない。ダークでスピード感溢れる歌が多い。白よりも黒、朝よりも夜、太陽よりも月、通常のアイドルが選びそうなイメージの反対側を選択する、これがKAT-TUNのイメージの根底にある。元々あった他グループのイメージに上書きをした訳でもなく、彼らオリジナルのイメージとして現在も単一の価値を誇る。他グループの楽曲でも「KAT-TUNっぽい」等という形容が使われるように、「KAT-TUN」そのものがひとつの概念として成立しているのである。彼らはその概念に沿ってコンサートでは世界観を創り上げる。土台となるグループのコンセプトがしっかりしている分、コンサートはそこから大きく外れることはない。よって初めから終わりまで統一された世界観を楽しむことが出来る。

  • 特効の使い方が上手く、ステージは分かりやすく派手

先日発売されたばかりの「COUNTDOWN LIVE 2013 KAT-TUN」でもそれを存分に楽しむことが出来るが、とにかくKAT-TUNのコンサートはお金がかかっている。KAT-TUNだけに特別お金がかかっているということはないはずなので、限られた予算でどこまでステージ演出にお金をかける勇気があるかということになると思うのだが、KAT-TUNは惜しみなくステージ演出にお金をかけている。一般的な爆発音や一発だけあがる火花だけでなく、長い時間燃え続ける炎、またその炎の色の種類も数知れず、火を使ったかと思えば宙高く伸びる水の壁、メインステージに設置するだけでなく、センターステージの周りや、メインステージからバックステージに伸びた道のサイドからも、出血大サービスの如く放ちまくる。視覚的に分かりやすく派手で、その特効の間から登場するメンバーの姿は、またより一層「KAT-TUN」という概念を厚くする要素となる。

  • KAT-TUNを“演じる”メンバー

これは既に脱退したメンバーの発言であるが、毎年年末に行われるカウントダウンコンサート、2013年末はKAT-TUNの単独カウントダウンコンサートを行い、今年の年末も単独で行うことが先日決まったばかりだが、それまではジャニーズの他グループと合同で行う本家東京ドームのコンサートにKAT-TUNも参加していた。そこでは他グループの楽曲も流れ、他グループの曲も大好きな自分としてはそれに合わせて歌ったり踊ったりしたいところだったが、「自分はKAT-TUNだから」という理由でそれを抑えたと言う。それを聞いた他グループのメンバーが彼のことを「KAT-TUNのプロ」と評していたのが、印象的なエピソードとして記憶に残っている。「KAT-TUNだからこうしなくちゃいけない」「KAT-TUNだからこうしてはいけない」という基準が本人たちの中に意識的にか無意識的にか出来上がっていて、彼らは本来の自分を抑制しながらその基準に従って「KAT-TUN」を演っているのである。KAT-TUNのプレイヤーとしてどう立ち振る舞うべきかを考えるその徹底っぷりは、パフォーマンスにも貫かれている。

  • KAT-TUNという概念を大きく崩壊するメンバーの素顔

ここまでKAT-TUNがいかにその世界観を貫いているかについて語って来たが、ここでそれらを全てひっくり返すことになる。KAT-TUNコンの面白さはそれだけでは終わらない。彼らはMCも極上に面白い。結成して何年か経過して来るとメンバー間の関係性は徐々に“仕事仲間”という関係性へシフトすることが多く、「昨日のコンサート終わった後、○○は何してたの?」というような会話が年上グループのコンサートでは見られたりする。コンサートではあんなに仲良くはしゃいでいたのに、コンサートの後相手が何してたか知らないんだ、と初めて聞いた時は衝撃を受けたが、恐らくこれが通常である。KAT-TUNは世間一般的なイメージとして“仲が悪そう”と思われていることが多いと思うが、決してそんなことはなくかなり息の合うグループであることが確認出来る。誰か一人がボケ始めたら全員がそれに乗っかってボケ始めたり、何にもないところで自分たちでゲームを作って遊び始めることもある。そこで誰か一人でも「俺やらない」という白けたキャラクターが居たら成立していないはずなのだが、驚くことにそういう人間が一人もいないのである。初めて見た時は「KAT-TUNがこんなに仲良しだなんて知らなかった…」と結構な衝撃を受け、KAT-TUNの仲の良さが存分に堪能出来るメイキングを見る為にシングルの初回盤を毎回買うようになったのもコンサートのMCを見たのがキッカケである。毎回本当にくだらないことを真剣にやっているのでシングルのメイキングも是非オススメしておきたい。

  • 4人になったことに対するファンへの向き合い方

これは今回のコンサート「COUNTDOWN LIVE 2013 KAT-TUN」に限った話になるが、メンバーの脱退を経験したグループと言えばKAT-TUN以外にNEWSがある。KAT-TUNとNEWSの境遇は類似しているが、必ずしも全てが一致する訳でなく、それぞれに状況は異なってくるので、並列に語ることはナンセンスかもしれないが、他に類がない為どうしてもこの2組の対応方法を比較してしまうことになる。NEWSはこの境遇を自分たちの歴史の中で大きな出来事であると捉え、それはコンサートでも触れるべきトピックとして終盤に自分たちの心情を吐露し感情的に語った。これは会場全体にエモーショナルに働きかけ、NEWSとファンのコミュニケーションとして成立していた。その一方でKAT-TUNはコンサートの本編前にステージに登場し順番にファンに向かって謝罪の言葉を述べた。それはけして感情的に語る訳でなく、本人たちのケジメとして、まずこれを伝えないとコンサートを始めることが出来ない、というプロとしての挨拶だった。本編はKAT-TUNの歴史を振り返るものであったものの、その境遇についてはそれ以降触れることはなく、KAT-TUNはこの境遇を自分たちの物語として昇華する気はないと思えた。同じジャニーズ事務所のグループでも対応方法は様々で、KAT-TUNはあくまで自分たちの概念を崩さない方法を選択していると思え、その的確な判断は“KAT-TUN”としてのプライドを守り抜いている様に見えた。


まだまだ他にも挙げておきたい点が山程出てくるが、私が言葉で述べるよりも直接その光景を目の当たりにする方が断然説得力を持つと思うので、是非少しでも気になった方は今回発売になった「COUNTDOWN LIVE 2013 KAT-TUN」をポチっとして頂ければと思う。私がジャニーズで一番好きなコンサートはこれです、と自信を持ってオススメする。好きなメンバーが一人も居なくても、そもそもKAT-TUNにそこまで興味がなくても、圧倒的な非日常空間は病みつきになること間違いなし。それでは私も何度目か分からないリピートの旅へ行って参ります。