
毎週聴いているPodcast番組『WOMANSHIP -はたらく私たちのお悩みサミット- - ポッドキャスト - Apple Podcast』で紹介されていた、映画『女性の休日』を観に行った。タイトルだけを聞くと、女性の休日の過ごし方にフォーカスされた何かかななどと思ってしまうが、この映画はアイスランドで実際に起きた一日のドキュメンタリー映画である。
1975年10月24日、アイスランド全女性の90%が仕事や家事を一斉に休んだ、前代未聞のムーブメント「女性の休日」。国は機能不全となり、女性がいないと社会がまわらないことを証明した。その後、アイスランドは最もジェンダー平等が進んだ国(2025年世界経済フォーラム発表・ジェンダーギャップ指数16年連続1位。日本は118位)となり、女性大統領と女性首相が国を治めている(2025年現在)。世界に衝撃を与えた、運命の1日を振り返るドキュメンタリーが、50周年を記念して公開となる。
(公式HPより)
日本に史上初の女性首相が誕生したこのタイミングで、この映画が日本で公開されることに何かの縁を感じてしまう。映画は、当時このムーブメントの中心にいた人物たちへのインタビューを軸に展開されていく。当時のアイスランドの女性は、男性と対等に働くことは許されず、男性の下で事務作業をするか、家事や料理など家庭を守ることを役割として与えられていたという。その象徴的な出来事として、クリスマスになると女性は十数種類のクッキーを焼く必要があり、楽しいはずのクリスマスが女性にとってはただただ多忙を極める一日になっていたという。そんな疲れた女性の姿を人形にして表現し、クリスマスシーズンに街中で訴えていたというエピソードも「女性の休日」の前段階として印象的だった。昭和の日本においても、同様のジェンダーギャップがあったのではないかと思うが、そこから国の全女性の90%が仕事や家事を一斉に休むことになったのは、どういった経緯なのかが気になるポイントではないかと思う。
端的に言えば、これは「ストライキ」だ。男性と対等な機会や自由を得るために女性たちが起こすストライキである。当時の中心メンバーたちも当初、女性によるストライキを起こすと表現していたという。しかしその「ストライキ」という表現では、右派の女性たちから参加しないと反発があった。そんな中でとある一人の女性が、「ストライキじゃなくて『女性の休日』にするのはどうか」と提案したところ、「休むということだったらいいわ」と右派の女性たちも納得したというエピソードが最も印象的だった。「ストライキ」という言葉は相手を敵とみなした攻撃性のようなものを感じてしまうが、何も男性を敵視しているわけではなく、女性としての正当な権利を主張するために休みますというメッセージが伝わりやすくなった。それによって、動かなかった人たちが一斉に動くようになるのだから、言葉の力って面白い。確かに「ストライキ」は戦いに行くような強い意思を持ったイベントのように思えるけれど、「休日」だと言われると誰もが自分ごとに捉えられる。中心メンバーたちは今でも「いやいやあれはストライキでしょ」と言っていたのも面白かったが、人を巻き込むときにセレクトする言葉の力を実感した瞬間だった。
その後実際の1975年10月24日に女性たちが国の中心地に集まっている映像も流れていたが、その光景は圧巻だった。スマホのない時代に、ラジオや新聞や人づてに聞いた情報で、女性たちが同じ思いをもって一日を過ごす。そこにはこれまでの女性の生き方に対する一人一人の切実な想いと、社会を変えなければならないという個々の確固たる意思が感じられて、勇気づけられる光景だった。そこからアイスランドは急速に女性の社会進出が進み、現在はジェンダーギャップ指数16年連続1位。国民の力で社会を変えまたそれを維持し続けられることを証明している。118位の日本で微力ながら何ができるだろうかと思うが、まずはこの映画の存在を広めることからと思いブログに記している。