「婚外恋愛に似たもの」

容姿も、仕事も、家族も、生い立ちも、社会における立ち位置もバラバラの5人の女。彼女らの共通項は、35歳。夫あり。そして男性アイドルユニット「スノーホワイツ」の熱狂的ファンであること。彼女たちの愛は、夫ではなくステージで輝く若く美しい「恋人」に遍く注がれる!
哀れでも、歪んでいても、これはまぎれも無く、恋。
だからこんなに愛おしい―――。
(「婚外恋愛に似たもの」帯より)

読み終わってすぐに「めちゃくちゃ面白かった」とTwitterに記録した程本当に面白かった。宮木あや子さんがジャニヲタであることは元々知っていたが、ジャニヲタを題材にしてこんな小説を書いてたことは最近知った。“アイドルと私”という観点でアイドルに向けられる愛しい感情描写をメインとした物語かと想像していたら、そうではなく“アイドル好きな私とアイドル好きな女たち”の話だった。しかしこれが女という生き物の脆さを浮き彫りにしていて悔しいくらいに的を得ていて痛快だった。これを出版するにあたって書き下ろされた「茄子のグリエ~愛して野良ルーム2」の章にその面白さが集約されている。

この小説には5人の女が登場する。愛を注がれる対象として登場するアイドル「スノーホワイツ」も5人のメンバーで構成されているので、その5人をそれぞれ応援している女が登場する(さすがに「同担拒否」の文化までは描かれなかったかとちょっと残念にも思うし触れなくて正解だとも思う)。その5人が綺麗に世の中に存在する女を5段階に振り分けた形で描かれている。何をやってもその世界でトップに君臨する美人で金持ちの女、彼女ほどではないが大体人生では「上から三番目」くらいに位置づけられるそれなりにお金のある女、凡庸な顔と凡庸な頭脳と凡庸な生活をしてきた女、馬鹿息子を抱えながらパートで生計をやりくりする女、元BL小説家でデブでブスでバカで貧乏な女。この5人の女が同じアイドルを応援していることから色んな形で出会っていく。共通することはそれぞれコンプレックスや不足感を抱えていて現実に充分な満足感を得られていないこと。

三年前、神田君に会うまで、私は私を深く愛していた。表面だけ見て中身まで見てくれない男にどれだけ求愛されても、愛されているとは思えない。夫ですら私を本当のところでは愛していない。だから、私が愛してあげなければならなかった。でも、表参道で神田君と出会ったとき、私の自己愛は既に限界を迎えていた。どれだけ高い服を身に纏っても私は一番にはなれない。望んでいた人生を手に入れることはできない。夫に抱かれることのなくなった私は、愛する対象として不完全すぎたのだ。
(「アヒルは見た目が10割」)

突出していることが罪とされる社会の中で、私は埋もれながら、目立たぬよう生きてきた。その結果、条件の良い伴侶を得ることはできたが、いつまで経っても私の人生は冴えないままだ。きっとリアルな人生が素晴らしくキラキラしたものだったら、私はディセンバーズのタレントに恋などしなかっただろう。きちんと夫と子どもを愛すことができたと思う。
(「小料理屋の盛り塩を片付けない」)

私がアイドルを応援しているのはけして何らかの劣等感からではない、と言い切りたいところだが身に覚えがない訳ではない。アイドルを見ている瞬間は現実の世界に自然と背を向けている格好になっているのも指摘されてしまえば否定し切れないし、愛すべき対象を自分にすることも周りにいる他人にすることも出来ず、アイドルにしている状態は確かである。このへんの心情描写は読みながら生温かいものが胸の中でぐるぐると廻る気持ち悪さがあったが、すべてを認めた上で開き直ってみると意外と自分たちって面倒くさい生き物なのかもしれないと面白がることができた。

最後の章で彼女たちはコンサート帰りに一緒に焼肉を食している。そこではアイドルの話ではなくそれぞれが抱えていた問題について順番に触れている。金持ちでも平凡でも貧乏でもヒエラルキーとは無関係に劣等感はある。環境や境遇が違うものが集まることによって起こる感情の摩擦が何とも女性的でゾクゾクした。ヲタクは同じアイドルが好きだからという理由でカジュアルにコミュニティの形成を行う、これは普段の生活で絶対的に出会えない人々と交流が測れるという意味ではとても楽しいコミュニティの作り方だと思う。けれどもその中でお互いをより深く知ろうとすると摩擦が起きる。例えばコンサート終わりに一緒にご飯を食べて帰ることにする。私はファミレスで構わないと思っていたとしても、他の人はせっかくの機会なのでお寿司を食べに行こうと提案する。この時自分の金銭感覚と相手の金銭感覚の差に気づいて、どちらかが我慢を強いられることになる。小さなことと思うかもしれないが、これがチケットの申込数や、コンサートの回数などに反映されて、やがて価値観が合わなくなって一緒に居られなくなるというケースも珍しくはないはず。宮木さんがそんなことを言いたかったのかは分からないが、私はこの小説から苦々しくも女性という生き物の面白さを読み取った。
小説の最後に彼女たちが愛しているアイドル「スノーホワイツ」のデビューが決まる。その瞬間心をひとつにして喜び合う彼女たちの姿を読むと、やっぱりヲタクコミュニティも悪くないなって、散々感情を揺さぶられた挙句振り出しに戻ってこれた気がする。