「ジャニ研!:ジャニーズ文化論」

1年前私は田中秀臣さんと速水健朗さんの対談記事を読んでいた。

速水:ジャニーズについては、音楽家大谷能生さんと矢野利裕くんていうライター兼DJと3人で、定期イベントという形で勉強会をやっているんです。大谷さんは20世紀の表象文化研究家で、ミュージカルとかジャズ・ダンスに詳しい批評家でもあります。日系二世で、戦後に軍関係の仕事をしていたという日本の戦後の暗部を背負う存在でもあるジャニ―喜多川という人物に注目し、バーンスタインの『ウェストサイド物語』の世界観から小林一三の宝塚ビジネスを通過し、レジャー産業の集大成としてのジャニーズビジネスみたいなものを見て通す本を企画しています。
ラーメン、アメリカ、ジャニーズ:速水健朗氏との対談(ミュルダールを超えて第二回) – REAL-JAPAN.ORG

あの時語られていた「ジャニーズビジネスみたいなものを見て通す本」が遂に出版された。普段どっぷりとその中に浸り込んでいる我々“ジャニヲタ”という生き物では到底そんな視点に辿り着くことが出来ない“ジャニーズ”を分解するための切り口がこの本には沢山ある。我々がいつも注視しているのは“ジャニーズと自担(好きなタレント)”の部分でしかないが、この本は“ジャニーズと○○”の○○の部分に「デビュー」「コンサート」「ディスコ」「タイアップ・ビジネス」「ミュージカル」等が当てられている。半世紀程続くジャニーズの歴史の中で“今”を生きる「自担」にのみ焦点をあてて見ていた自分はなんて贅沢な観察の仕方をしていたのだろうと思うと同時に、それぐらいジャニーズには観察の余地が沢山残されていることを思い知る。そしてジャニーさんのことを知れば知る程消費している私たちとジャニーさんの間に微妙なズレが生じているのではないかと思った。

速水:ジャニー喜多川という人は、アメリカのショービジネス、ブロードウェイに憧れていて、宝塚を見本に日本版のショービジネスを生み出していった人です。(中略)ジャニーズの場合、CDを売ることは二の次三の次で、ブロードウェイレベルの完璧なショーをこなせるエンターテイナーを育てることが最終目標なんですね。なので、最も成功の理想に近いのは、嵐でもSMAPでもなく、少年隊なんですね。ジャニーズのグループは、ちょっと人気が出たからといってすぐにCDデビューさせずに、訓練を重ねてさせます。じっくり実力を育ててから、満を持してデビューさせるんです。
ラーメン、アメリカ、ジャニーズ:速水健朗氏との対談(ミュルダールを超えて第二回) – REAL-JAPAN.ORG

現在帝国劇場で公演中の「ジャニーズ・ワールド」の劇中にもHey!Say!JUMP薮宏太くん演じるプロデューサーの台詞で「ショービジネスの世界で生きている人間は死ぬまで何かを作らなければならない」という台詞がある。私は「ショービジネス」という単語が引っかかった。ジャニーズを楽しんでいる自分たちの中に果たして「ショービジネス」を楽しんでいる意識はどれぐらいあるだろうかと。もちろん絶対的非日常感を味わえるジャニーズのコンサートもしくは舞台に魅了されてリピーターとなっているファンは沢山いると思うが、ファンの中で考えられている“成功”は分かりやすく「メディアに出ること」「CDが売れること」ではないかと思った。デビューして国民的アイドルの階段を駆け上がっていく、SMAPや嵐のように。しかし上記の対談記事でも速水さんは「最も成功の理想に近いのは、嵐でもSMAPでもなく、少年隊なんですね」と語っている。ジャニーさんの「成功」は「売れること」ではない。「ショービジネスを展開するための実力あるエンターテイナーを育てること」だった。これはジャニーズの消費の仕方としてメディアに大きな軸を置いていた人間としてはショックだった。ジャニーズイズムの真髄は舞台の中に潜んでいた。
それが分かったら今度は我々の得意な“ジャニーズとタレント”の視点で探っていきたい。私はここで中山優馬くんこそがジャニーさんの信念に沿って今最も磨きをかけられている若手タレントなのではないかという仮説を立てたい。彼はジャニーズ事務所に入ってからデビューするまで前例を見ないハイスピードで成長するための軌道に乗せられる。2008年にドラマ「バッテリー」(NHK)、2009年に「恋して悪魔~ヴァンパイアボーイ~」(フジテレビ)でどちらも主演を務めている。最初こそメディア向けに活動をしているがここで演技の勉強を重ねると、翌年からは立て続けにジャニーズの伝統化している舞台に立ち続けている。2010年「PLAYZONE2010」、2011年「滝沢革命」「PLAYZONE2011」、2012年「滝沢革命」、2013年「ジャニーズ・ワールド」(1/1~1/6)。本人が芝居の魅力に気づいたことも大きいと思うが、同世代が順にグループを組みデビューを展開していく中で、彼は単独でジャニーさんの理想のエンターテイナーへの道を歩んでいるように思う。いつか優馬くん主演で新しいショーをジャニーさんがつくるのではないかと予測して勝手に楽しみにしている。
本書の結論は「ジャニーさんはアメリカ人だから」というところに集約されていたが、私たちが「ジャニーズ・ワールド」を見ても理解が追いつかない点が沢山あったことも根源はここに辿り着くのかもしれない。「ユートピアはひとりひとりの心の中にあるんだ」「あのプロデューサーだけが分かっていた」「自分の心の中のユートピアをステージの上で再現していたんだ」と最後にプロデューサーの胸中に気づいた全員が「どんな未来が出来上がるのか俺たち次第だ」と決意を固くする。それはジャニーズのこれからを彼らに託したような台詞にも取れるし、彼らに自分たちで表現することの自由を与えたような台詞にも取れる。ジャニーさんという人が何者であるかあまり多く語られていない、また本人もジャニーズ論を語ることは少ない。ゆえに見る者に多様な解釈の余地を残している、これがジャニーズの面白さであると改めて感じることが出来た。