ドラマ『毒島ゆり子のせきらら日記』

「二股とか駄目ですかって言われたの」と友人は言った。嬉しそうだった。友人の嬉しそうな話には友達として賛同してあげたいけれども私は「そうなんだ」としか答えられなかった。出来るだけ虚無感を出しながらその言葉を吐いてみたけれど、上半身は怒りで熱っぽい。

特定の相手が居るのに、彼女は他の男に言い寄られたのだと言う。男は「二股」という言葉を使ったらしいが、彼女は既婚者だ。それはもう二股ではなく、不倫だ。私は彼女の喜びに当然のことながら寄り添うことが出来なかった。旦那の顔も知っている。この人は私にどんな言葉を求めているのだろう。急に友人のことが分からなくなった。その事実を報告することで相手にどう映るのか全く考えずに発言している浅はかさに怒りが沸いたのだと思う。

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毒島ゆり子。「毒島」は「ドクジマ」ではなく「ブスジマ」と読むらしい。バチェラー以来、久々にAmazonプライムビデオを開いてみたら、前田敦子主演のこのドラマが入っていた。ブスジマという強烈な苗字は、劇中登場人物に「ぶーちゃん」なんて呼ばれたりする。AKB48のセンターを務め、総選挙でも1位を獲っていた前田敦子に「ブスジマ」も「ぶーちゃん」もしっくり来ない。しっくり来ないけれど「ゆり子」という名前がそれを良い塩梅に調和している。「毒島ゆり子」絶妙な名前だ。

そんな毒島ゆり子、常に二股をかける女だった。幼い頃愛人を連れた父親を見て以来男のことを信用しておらず、常に二股をかけることで、一人に振られたとしても悲しむことも寂しがることもしなくて良い状況を自分で作り上げていたのだった。しかし彼女の素晴らしいところは、その二股をかけている男性の双方にその事実を伝えることである。告白してきた男性にOKの返事をしたかと思えば、「私もう一人彼氏がいるの、二股だけどいい?」と許可を得るのだ。二股を隠したりはしない。その潔さは、ある意味新しい生き方を提示してくれているようだった。

そんなゆり子は、政界の新聞記者となる。常に二股をかける恋愛依存性の女かと思っていたが、仕事はしっかりこなす意外と賢い女だった。そんな中で他社の新聞記者である小津と出会い恋に落ち、小津のために二股女を辞めてしまうのである。この小津と恋に落ちる瞬間の描き方がまぁ巧妙で、小津と目が合った瞬間に、エロチシズムを感じさせる音楽が後ろで流れ始めるのだ。小津を演じていたのは新井浩文で、正直見る前までは何とも思っていなかった俳優だったのに、新井さんがただただこっちを見ているだけの映像に音楽が合わさると、途端に新井さんが妖しく見えてくる。何だったら私もタイプの男の人と目が合った瞬間に、この音楽を流して差し上げたい。聴覚が視覚を歪ませる瞬間。

そうして、ゆり子は小津にどハマリしていくのだけど、小津は既婚者だった。しかし既婚者が独身者に近づく時の在り来たりなやり口「もうすぐ離婚する」で、小津はゆり子に近づいてくる。ゆり子も父親の経験から「不倫はしない」とマイルールに掲げていたのに、すっかりその「もうすぐ離婚するする詐欺」に引っかかってしまったのだった。それまでどちらかと言えば、ゆり子の方が恋愛の主導権を握っていて、私はそんなゆり子が好きだったのだが、見る見る内に小津に主導権を握られ堕ちていく。小津の不審な行動を、親友から指摘されても「小津さんが言ってたもん」という駄々を捏ねる子どものような理由で、小津を肯定しようとする。

しかし、結局一番クズだったのは小津だったのだ。ゆり子と婚姻届をわざわざ役所まで提出しに行ったと見せかけて、実際は自分はまだ離婚しておらずゆり子との婚姻届が受理されていないことも隠していた。本妻の方がゆり子を訴えると弁護士に依頼したことにより、全てが明らかになり、ゆり子はようやくそこで目を覚ますことになった。小津のために二股を辞めていたゆり子は、小津との関係を切ったことでいよいよ一人になる。元彼に会いに行って道端で泣きじゃくってみたけれど、元彼はもう次の道に進んでいて、本当に正真正銘一人になったのだった。

そんな中慰めにきた親友の育男から、ずっと好きだったとゆり子は告白されるのである。育男の腕の中で抱きしめられたゆり子は、そのまま育男の優しさに甘えるかと思いきや、育男を拒絶してしまう。ゆり子は恋愛体質だけど、男なら誰でも良かった訳ではないことを証明したこのシーンは、育男の気持ちになるととても切なく、またその育男のことを「知らない人みたいだった」と形容したゆり子もまた正直で切なかった。でも何でもかんでも許容しないゆり子のことは嫌いじゃない。

こんなの現実世界で有り得ないでしょ、と思うかもしれないけれど、世の中表に出ていないだけで、こんな風に二股を乗りこなしたり、既婚者と不倫に溺れて周りが見えなくなってしまっている女のリアルが、意外と近くにあるかもしれないと思わされるドラマだった。けれども物語の中で起きていることと現実世界に起こっていることの取り扱いは全く別物で、冒頭の友人に対して、私もゆり子の親友のように、本人が見えなくなっている部分をきちんと言語化してあげなければならないと思った。

このドラマの魅力をしっかり書ききれたかというとまだまだ心残りがあるけれど、政治の世界と小津との恋愛を上手にリンクさせながら展開していく様があっぱれだった。久しぶりに心の奥の方がドクドクと脈打つドラマを見た気がする。ゆり子のファッションも可愛いのだ。ゆり子は毎日白い服を着る。こんなにドロドロとした世界で、ゆり子だけが清潔感を保っていて、画面がずっと綺麗で気持ち良い。クロワッサンを食べるシーンが度々出てくるので、うっかりクロワッサンを食べたくなる。前田敦子さんの主題歌を早速iTunesでダウンロードした。
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