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夏の担降り小旅行から帰還しました

ジャニヲタの「担降りしました」という担降り報告ブログが凄まじい勢いで拡散されていくのを見ながら、いつか私も書いてやろうという気持ちと、いつまでも外野として見守りたい気持ちとが入り混じっていた昨今、ふと気が付けば私も担降りをしていた。担降りとは意識的に行うものであるはずなのに「ふと」って何だよと思われるかもしれないが、「担当」の定義が人それぞれであるように「担降り」の定義もまた人それぞれである。みんな違ってみんな良いの精神でこの続きを読んで欲しいし怒らないで聞いて欲しいのだが、私にとっての「担当」の定義は「今最も研究したい人」である。その定義のもとにこれまでずっとジャニーズのタレントに軸を置いて来たのだが、この度その枠を超えて研究欲求に火を付けられた相手が居た。その相手はジャニーズのタレントでも無ければ、EXILEでも無い。お笑い芸人でも無ければ、アナウンサーでも無い。その相手は、小説家の朝井リョウさんだった。三代目J Soul Brothersにはハマらなかったくせに、小説家の朝井リョウさんにハマるのだから、人生全く何が起こるか分からない。今日は、この夏朝井リョウさんにハマってからゴールに向かうまで、について、既存の読者の方はあまり興味がないかもしれない話をただひたすらに自分の為に記録しておく。

朝井リョウさんの事は、この夏が来る随分前から知っていたし、作品も他の作家さんに比べるとかなり贔屓して読んでいる方だった。「桐島、部活やめるってよ」「何者」等における、現代の若者の心理を巧みに描き出し、そして物語の最後に背後から刺してくるような、見たくないものを無理矢理見せられる心地悪さが好きで嫌いで大好きだった。他にも「もういちど生まれる」「少女は卒業しない」等は、少年少女の淡い青春を綺麗に描いていてこちらも好きなのだが、朝井リョウさんと言えば前者の印象が強いと思う。「SWITCHインタビュー 達人達」で対談した東出昌大さんが、対談前のコメントして「性格が悪くないとあんな物語は書けない」みたいな事を口にしていたのだが、私の印象もまさにそうだった。物語に落とし込まれた状態でエンターテイメントとして楽しむ分にはいいのだが、こんな風に人の何もかもを見抜いている人と友達になるのはごめんだ、と思っていた。朝井リョウさんと友達になる予定なんて今後の人生で全くないのだけど。またテレビで見る朝井さんは喋っている途中で目がギロっと動く印象があって、それがまた私の恐怖心を煽っていた。

そんな朝井さんの印象が少し変わったのが、以前このブログでも書いたことのある「タイプライターズ」という番組だった。そもそも私はこれを加藤シゲアキさん目当てで見ていた訳だが、ゲストのはずなのにこの単発番組に第2回があればいいのにと、ゲストとして番組を盛り上げないといけないと責任を背負おうとする朝井さんを見て、あれ、もしかしてこの人面白い人なのではと思った。またその番組の中でも美容院で髪を洗って貰う時に、髪を拭いて貰うだなんて母親レベルの愛情を注いで貰っているので、それと同時に罵倒されないと均衡が取れないという話をしていて、正直に「は?」と思った。正確には「は?wwwwwww」だった。加藤シゲアキさんも考えすぎと言われがちだと自分で仰っていたが、そんな加藤さんが一歩引いた視点でそれは考え過ぎですよと朝井さんに突っ込んでいたのが印象的だった。考え過ぎ族の中においても、この人は考え過ぎレベルが高い。髪を拭かれながら罵倒されたい、だなんて一度も考えた事が無かった。何だこの人の視点。もっとこの人の視点で物事を見てみたい、そう思い始めた。

そうして私がこの担降り小旅行の課題として始めたのが、「朝井リョウ、加藤千恵のオールナイトニッポン0」のバックナンバーを全部聴く事だった。今年の4月から開始されたラジオである為、これまでの放送分を全部合わせてもそんなに大した量ではない。小説の全作品を読むでも良かったのだが、既に単行や文庫として発行されている作品はほぼ網羅していたし、その他に朝井さんが定期的に行っている仕事や、単発的に行われた仕事は、まとめられているサイト等がご本人のTwitterしかないので情報が拾いづらい。これまでジャニーズネットを開けばテレビも雑誌もラジオも全部そこに情報が載っていたのに、対象が作家に変わっただけでこんなに情報難民になるのかと、ジャニーズネットの有り難さを知ったのだった。毎週放送されているオールナイトニッポンであれば、本人の口から現在の仕事の情報が発信されることもあるだろうと捉え、私は朝井さんの研究資料としてラジオを選択した。

ラジオは小説家で歌人の加藤千恵さんと一緒に放送している為、朝井さんの視点の特異性は度々加藤さんによって指摘されるので面白かった。誰と対談をしてもその朝井さんの特別な視点を真っ向から否定する人はあまり居なかったけど、元々の友人である加藤さんは容赦なく朝井さんを斬る。「朝井くんは考えすぎ」「朝井くん面倒くさい」「朝井くんみたいなこと誰も思ってないから」その加藤さんの切り込みは、私が感じた「は?wwwwwww」を丁寧に言葉に変換して下さるので、加藤さんに斬られていく朝井さんは、これまでのギロっと目を光らせる朝井さんとは違い、段々愛しくなってくるのである。これを愛しく思えるかどうかは、本当に人それぞれだと思うので、朝井リョウさんのことを嫌いだと思う人ももしかしたら多いのかもしれないが、私は好きでしかなかった。

朝井さんのことを恐いと捉えていた当時、そう捉えていた理由を分解すると、それは朝井さんが他者の心の中を常に鋭い観察力で見抜こうとしていると思っていたからだ。勿論それは朝井さんが小説を書く上での紛う事なき武器であると思うのだけど、この人の面白さの根底にあるのは「過剰な自意識」なんじゃないかとラジオを聴き始めて感じていた。「自意識過剰」とはネガティブな嫌われ者の性質であるけれども、朝井さんは自分に対して向けられる矢印を過剰に想像して、それを恥ずかしがることなく外に発する。「○○するとこう思われるかもしれないから○○しない」は裏を返せば「○○している人に対して自分はこう思う」に変わってしまうのだけど、朝井さんはこの前者の発言を本当によくする。そして加藤さんに後者の意味に裏返ってしまうことを指摘されている。朝井さんが何処まで計算でこれをやっているのかは分からないが、「○○するとこう思われるかもしれないから○○しない」という発言を聞く度に、これを外向きに発してしまえる朝井さんのメンタルの強さと、「自意識過剰」の操り方の上手さに唸ってしまう。敢えてなのか無意識なのか、絶妙なバランス感覚でファンもアンチも転がしてしまえる朝井さんのスタンスがとても気持ち良い。

そうして課題としていた「朝井リョウ、加藤千恵のオールナイトニッポン0」のバックナンバーの視聴が、本日をもって全て終了した。2時間番組でこれまで全18回。私は朝の化粧の時間と通勤時に今までアイドルのラジオを聴くことを日課としていたが、この課題に取り組んでいる期間はこれに夢中でアイドルのラジオにほとんど耳を貸していない。これまでの日課を投げ出してまで夢中になった、それは私にとってまさしく「担降り」に等しかった。もし今私が小学生だったら、今年の夏休みの自由研究は「朝井リョウ、加藤千恵のオールナイトニッポン0から見る朝井リョウという生き方」で決まりだ。しかし残念ながら小学生ではないので、ここに自分用に記しておく。改めて自分は誰かを「知る」作業が好きだなと思った。それがジャニーズのタレント以外でも成り立ったのは本当に久しぶりの出来事である。課題は無事終了したので、明日からジャニヲタへ戻ります。