結局私はジャニーズの何に惹かれていたのか?三代目J Soul Brothersライブビューイング体験記

念願の「三代目J Soul Brothers」のライブビューイングに行って来た。ジャニーズに軸足を置いておきながら世の中のトレンドが気になってしまうミーハー野郎として、今回の「三代目J Soul Brothers」の初のドームツアーには足を伸ばしてみたい気持ちがあったが、如何せんチケットが手に入らない。日程が自分の予定と合わなかったという要因もあるが、今回は諦めようと思っていた。そんなところにライブビューイングという絶好のチャンスが舞い込んだので、開演には間に合わなかったものの、30分遅れで入場し初めての「三代目J Soul Brothers」を体感して来た。

私はジャニーズにしっかりと軸足を置いておきながらも、何か他の対象にハマり込む気持ちを制御してまで、この軸を絶対的に守りたいという意地のようなものはあまり無いので、ハマったら後の祭りというスタンスで割と他の現場にもフラッと遊びに行くのが好きだったりする。けれどもその対象になるのはやはり女子アイドルが多い。男性アイドル市場においては、ジャニーズ以外の選択肢がこれまであまり無かった。ジャニーズの勢力によってあまり他が抜き出てくる余地が無かったという方が正しいかもしれない。そんな中、ここ数年勢力を拡大しているのがLDHだった。LDHはアイドルじゃない、アーティストだという声を頂きそうだが、「歌って踊れる美しい容姿の男性」という意味ではアイドルと非常に近い存在である。今回はそこが本題ではないが、アイドルと非常に近い形のものに私は心が動かされるのか、また動かされるとしたらそれはジャニーズを見ている時と同じ感覚なのか、その辺りにとても興味があった。というのも、私はジャニーズ以外にもRISING PRODUCTIONのLeadが昔好きだったという経緯もあり「歌って踊れる美しい容姿の男性」だったら、何でもいいんじゃないかという疑惑が自分の中にあった。自分は「歌って踊れる美しい容姿の男性」であれば無差別に愛してしまうのか、自分への疑問を解消する目的もあった。

そもそも「LDHはアイドルじゃない」という主張が本当であるならば、「アイドルではないLDH」と「アイドルであるジャニーズ」の違いを映し出すのは“ファンの反応”なのではないかと思った。勿論LDHもジャニーズも両方好きですという方も居ると思うのだが、「ジャニーズを選択しなかったLDHファン」も必ず居るはずだ。両方好きな方よりも数は多い気がする。ライブビューイングが行われる映画館の中にいるファンの歓声や息遣いから何が違うのか読み取ろうと思った。私の予想では、彼女たちが最も声を上げるのは、高度なパフォーマンスを行った時ではないかと踏んでいた。しかし蓋を開けてみたら違ったのだ。彼女たちが映画館でもお構いなしに本能的に「キャーーー!」を発していた点を声量の大きかった順に挙げると、①メンバーがカメラ目線になった時、②メンバー同士が絡んだ時、③メンバーが高度なパフォーマンスを行った時、④メンバーが近くのファンにサインフリスビーを狙い投げしていた時、⑤人気の楽曲が始まった時、だった。③は予想通り、⑤はライブにおいて絶対的に上がる歓声であるが、①と②と④においては、何だジャニヲタと一緒じゃないかと思った。①はその場に行く事が出来なかったからこそ映画館で味わう事が出来る「目が合った」体験、②はMC等の少ないLDHのライブにおける数少ないメンバー同士の貴重な瞬間、④は歓声というよりも悲鳴と言った方が正しいが特別視されるファンへの嫉妬、といった感じだろうか。ジャニーズの現場において上がる声と違う点を見つける方が難しく、“ファンの反応”を見たところ、彼女たちがジャニーズではなくLDHに惹かれている理由を見つけ出す事は難しかった。

ならば今度はアプローチ方法を変えてみようと思った。「ジャニーズではなくLDHに惹かれている理由」が見えづらいのであれば、逆に「LDHではなくジャニーズに惹かれている理由」を探してみると良いのではないかと思った。しかしながらあの場でそのサンプルになる事が出来るのは自分しか居ないので、残念ながら超限定的な人間の感覚の話になってしまう。全てのジャニヲタがこうであるかどうかは分からないが、私が三代目J Soul Brothersのライブにおいて「燃えた」瞬間と「燃えない」瞬間の境界線を導き出してみたいと思う。「燃えた」瞬間とは、広義の意味で心を動かされた瞬間と読み取ってもらえればと思う。

まず、私が三代目J Soul Brothersのライブにおいて最も「燃えた」瞬間はどこだったかと言えば、真っ白な衣装を着た今市くんが、真っ白なグランドピアノを弾き、その対面で真っ白な衣装を着た登坂くんが一緒に歌う、というシーンである。ピアノを弾く今市くんの姿は、ジャニーズにおける中島健人さんの姿とリンクし、三代目J Soul Brothersが打ち出したいイメージとはかけ離れているかもしれないが「高貴な王子様」になった瞬間を見た。またヴォーカルを担当する二人、オーディションで数多くの人の中から選ばれた運命的な二人、が向き合って歌う姿には何とも言えない興奮があって、これはジャニーズでいうところの「シンメトリー」の美しさだと思った。ジャニヲタには同じ運命を背負うことになった二人を愛する文化が根強くあり、それと同じテンションで私はこのシーンにライブで一番の興奮を覚えてしまった。けれどもここが決して三代目J Soul Brothersの最大の見せ場では全く無いという事も同時に理解していた。本流ではないところで最大瞬間視聴率を叩き出した自分はやはりこの場においてはアウトローなのかもしれないと痛感した。

では「燃えない」瞬間はどこだったかと言いたいが、楽しいライブにおいてここが面白くなかったという話をする訳ではない。私は元々ジャニーズのパフォーマンスを見る中でも、ダンスナンバーが好きだったりする。フォーメーションを駆使したり、メンバーが難易度の高い振付に挑戦しているのを見るのが好きだ。だから自分は元々LDHにハマり込む素質がある方だと勝手に思っていた。ダンスを追究して来た人たちの本物のダンスに私も絶対にハマれるものだと思い込んでいた。しかし実際のところ、三代目J Soul Brothersのパフォーマンスしているところを見ても、ジャニーズのそれを見ている時とどうにも微妙に心の動きにズレがあると感じていた。あれ、もしかして私、ハマれないのでは、と思った。微妙なズレを分解してみると、見えてきたのは、フォーメーションの少なさだった。三代目J Soul Brothersのパフォーマンスは、パフォーマーが個々に離れた場所で踊っている事が多く、振付自体が個人単位で成立している事が多い。技術を持ち合わせているので、それでも十分な華やかさを纏っているのだが、私はメンバー同士がくるくる入れ替わり立ち替わり風景が変わっていくものを愛していたのだと、その時に気がついた。

そしてLDHとジャニーズの最大の違いは「隙」にあるのではないかと思った。アイドルとカテゴライズされる事をよしとしないLDHには、やはり歌もダンスも本流で勝負しているだけの、アーティストと呼ぶべき技術の高さがある。一方ジャニーズのコンサートにおいては、ファンが何処かしらに突っ込みを入れたくなるような「隙」がいくつか存在する。私たちはその「隙」を見つけるのが大好きだったりする。「かっこいい」よりも「かわいい」って言いたい、完璧な仕上がりを見ると逆につまらないと認定されてしまう矛盾も存在する。私はこの「隙」が愛しかったのだと、普段当たり前に感じていたものを今回改めて比較対象が出来たことによって自分の中に落とし込むことが出来た。

貴重な体験だった。他にも団扇は胸の高さでお願いします教のジャニヲタにとって、フラッグを頭よりも上の高さで振っている光景に、ファン同士の抗争が起きないのかヒヤヒヤしたり(実際はそれが主流だしメンバーが手を挙げろと仰ぐことも多いので全くもって問題ではないらしい)、MCはくだらない話などせず一人ずつ順番に実のある話をするのだなと思ったり(楽屋ノリになって後で偉い人に怒られるとはしゃいだりすることがない)、異文化体験は本当に楽しかった。同時にジャニーズに負けず劣らずの勢力を拡大し続ける事を脅威だと感じもしたが、これまでジャニーズの絶対王政だった世界に好敵手として現れ、二つの巨大勢力が共存していく未来はきっと更に面白くなるのではないかと思った。もしかしたらライブビューイングもう一回行く事になるかもしれないので、また細かい部分での気づきがあれば記す予定。

R.Y.U.S.E.I. (CD+DVD)

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