今週のお題「書くこと」

はてなブログを使っている理由は特になく「気が付けば周りみんなはてなだったから」という没個性的な理由な訳で、特別はてなの仕来りに従うつもりもなければ、はてなに蔓延している文化にもあまり興味はないのだが、はてなブログ今週のお題が「書くこと」だったので、ちょっと筆を取りたく、いやキーボードを叩きたくなった次第。このブログにしては珍しくアイドルを差し置いて自分の話をする意気込みでいる。

ask.fmで質問を募集した時によく「昔から読書感想文とか得意でしたか」とか「書く時に気をつけていることはありますか」とか「どうしたら書けるようになりますか」等、私を国語の先生か何かだと思い込んだ質問を受け取る。誰かに頼りにされることは単純に嬉しいけど、私も自分自身で「書くこと」に満足出来ていないので、自信を持って回答することが出来ないのが申し訳ない。「書くこと」に満足出来てはいないが、「書くこと」はどうしようもなく好きだ。

小学生の頃、日記の宿題が出るのが憂鬱だった。週末になると先生から発表される宿題、日記。しかも文字数の下限の指定まで入ってくる。せめて1ページ半は書くこと。計算ドリルや漢字ドリルの宿題を沢山出されることの方がよっぽど良かった。ドリルは家に帰ってその日中にまとめて終わらせることが出来ても、日記はまず何か休日のイベントをこなさないと書くことが出来ない。日記を書く為には、まず休日を充実させなければならない、という二重構造が既にうんざりだった。私は毎週似た様な日記を書いた。「今日は○○をしました。楽しかったです。また遊びたいです。」序本結はきっちりと、テンプレートに当てはめていく日記しか書かなかった。「書くこと」に興味などなかった。

そんな小学生だったので読書感想文なんてこの世の悪でしかなかった。小学校2年生の時に担任の先生に、読書感想文コンクールに応募しないかと誘われた。夏休みにわざわざ学校に出てきて添削を受けなければならないので、断ろうと思っていたが、知らない間に応募する方向で話が進んでしまった。何の本を読んだか覚えていないけれど、その本が思ったより面白かった。自分でも驚く程に筆が進み、原稿用紙をあっという間に満たすことが出来た。私は書けたことが嬉しくて、もうこのまま応募したいと思いながら先生に提出をした。けれども結局先生の手が入り、半分以上自分の言葉は削り取られ先生の言葉に変わってしまった。そのコンクールは入選しなかった。やっぱり読書感想文なんて、悪だと思った。

私は元々国語よりも数学が好きだった。これは今も変わっていない。文字を読んでも自分の身体に染み込んでいく感覚は湧かないけれど、数字を見たら自分の身体にみるみる吸収されていく感覚がある。吸収された数字が私の体内で絡み合ってひとつの答えとなって導き出された時の快感は、文章を読んで筆者の思いを読み取れた時の快感には勝てない。典型的な理系であり、私が言葉に溺れる日が来るなんて思っていなかった。

転機は高校2年生の時に訪れた。友人に薦められて読んだ「眞鍋かをりのココだけの話」に衝撃を受けた。眞鍋さんの文章は私がこれまで見た文章の中で圧倒的に面白かった。面白くもないのにメールに「(笑)」を付けていた自分が恥ずかしくなる程、自虐を上手く操る知性溢れる文章だった。それから暇さえあれば「眞鍋かをりのココだけの話」を何往復も読んで、眞鍋さんの言い回しを頭に叩き込んだ。文章にはリズムが必要だということも眞鍋さんの文章から学んだ。その当時は「眞鍋かをりのココだけの話」を暗記するレベルで読み込んでいたので、私の文章の基盤は眞鍋さんがつくってくれたと言っても過言ではない。

眞鍋さんの文章を頭に叩き込んだら、自分にも出来るかもしれないという好奇心でブログを始めた。その当時はまだブログというツールがあまり浸透していなかった時期で、ブログを書く人も少なければ読む人も少なかった。私のブログはせいぜい1日100PVあれば良い方で、そのPVの内自分で稼いでいる分が何割あるのか分からないレベルだった。あの頃の自分にこのブログのPVを教えてあげたらぶっ飛ぶだろうなと思う。毎日欠かさず書いた。眞鍋さんの文章を模倣しながら、自分に起こった出来事を毎日書いてみた。読者からのアクションがなくても、この時点で既に「書くこと」は楽しいことに切り替わっていた。

ブログを書き始めて1年が経った頃、高校3年生の夏だったと思う。いよいよ受験勉強も大詰めでブログどころではなくなってきた。毎日欠かさず書いていたブログも更新が難しくなり、私はブログを休止することにした。誰が読んでくれているのか分からないけど、自分が楽しいから書き続けていたブログを休止するのは苦行だった。けれども受験の為に心を鬼にして休止宣言を書き込んだ。翌日、移動教室から帰って来て、自分の席に戻ったら、机にシャーペンで落書きされていた。「○○(私の苗字)さん、ブログやめないで」前の時間に自分の席に座っていたのが誰だったのか、探すことは出来なかったけれど男子の字だった。

何処からどう伝わっていったのかは不明だが、後から聞いたところによると、あの頃私のブログは同級生男子の間でよく読まれていたらしい。ある男子は他の男子から私のブログを教えてもらって、寝る間も惜しんで過去記事を読み漁り、読み終わった頃には「お前のこと好きになりかけた」とまで言ってくれた。笑った。最高の褒め言葉だなと思った。この頃「書くこと」は私にとってすっかり手放せない快楽になっていた。自分が楽しんで書いた文章を読んで、他の誰かも楽しいと感じてくれる。眞鍋さんのブログ本を読んだ時に感じた興奮を、今度は自分が誰かにさせられることが嬉しかった。

それ以降、私はインターネットに何らかの形で書く日々を続けている。自分のことを「書くこと」も楽しいけれど、今はアイドルのことを「書くこと」が何よりも楽しい。アイドルのことを綴る為には、まだまだ自分の語彙力が足りないと思うし、そもそもアイドルを表現する為の言葉自体がこの世に足りてないのではないかという不足感すら感じる。「書くこと」にどれほどの意味や力があるかは分からないけれど、書きたいから書く、という自由は手放したくない。

眞鍋かをりのココだけの話 (ココログブックス)

眞鍋かをりのココだけの話 (ココログブックス)