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「KAT-TUN LIVE TOUR 2014 come Here」

福岡3日目はKAT-TUNのコンサートに行って来た。以前にKAT-TUN担ではない私がジャニーズで一番KAT-TUNのコンサートを愛する理由という記事を書いたことのある私だが、何度でも言うがジャニーズのコンサートの中ではKAT-TUNのコンサートを一番愛している。しかし昨年末に行われたカウントダウンライブには残念ながら足を運ぶことが出来なかったのでChainコン以来、実際に生で見るのは約2年半振りとなる。2年半振りとなる、と書きながらそんなに見ていなかったのかと驚いている。

2009年からKAT-TUNのコンサートを見始めた私だが、これまでKAT-TUNのコンサートはドームクラスでしか見たことがなかった。KAT-TUNはドームの使い方が上手かった。上述の記事でも書いているが特効に力を注いでいてとにかく分かりやすく派手である。以前東京ドームを本物の馬に乗って優雅に登場したこともある。ファンの中には「KAT-TUNのコンサートはドームで見てこそ」とホールやアリーナクラスの距離の近さよりも、彼らの演出が最大限に発揮されるドームに価値の比重を置くものも少なくない。私もその一人でKAT-TUNには圧倒的な非日常を演出して欲しい思いがあった。

しかしながら今回はホールやアリーナクラスがメインのツアー。会場に着席してみると、普段ジャニーズの会場で見かける装置があれもこれもない。まず通常であればメインステージ以外に、センターステージ、そしてバックステージが用意され、会場の中心や後ろ側でもお客さんが楽しめる様に工夫されているが、今回はセンターステージもバックステージもなく、それに続く花道や外周も無かった。そういう時は決まって、嵐の松本潤さん考案のムービングステージが控えているがメインステージ近くに動きそうな装置の用意もない。ステージの周りを見てもクレーンが用意されている気配もない、天井を見上げてもフライングする装置も見えない。このままでは、あの演出が派手なKAT-TUNのパフォーマンス場所が、メインステージしかない!

そう、今回のKAT-TUNコンは、メインステージしか使わなかったのだ。正確に言えばトロッコで客席近くを周る演出が2曲×2回あったが、それ以外の楽曲は全てメインステージでパフォーマンスを行っている。これは私個人の好みの話になってくるが、私はジャニーズのコンサートにおける「移動」や「ファンサービス」の為に、良い楽曲がパフォーマンスすることなく消化されていくことを勿体無いと思っている。しかも一度ファンサービスの為に使用された楽曲は、パフォーマンス楽曲として蘇ることが少ないことから、自分の好きな楽曲がファンサービス用として消化された時の落胆っぷりは半端ない。よって今回のKAT-TUNコンは、私が今まであまり価値を置いていなかった部分を最大限に削ぎ落とし、メインステージの滞在時間をフルに活用された構成で、まずその時点で大勝利だと悟った。

とは言え、これまでドームクラスで派手な演出を繰り広げて来たKAT-TUNがメインステージのみでこれまでのクオリティを保てるのか、という不安もあった。私がジャニーズで一番好きなのはKAT-TUNコン、と言い続けて来たが、ここでその発言に終止符を打つことにもなりかねない。今回のコンサートはアルバムの表題曲「COME HERE」からスタートした。「COME HERE」はこれまでのKAT-TUNのギラギラした美しさとは少し色を変えた、ポップでオシャレな楽曲である。登場の仕方もこれまでの神々しい演出はなく、比較的あっさりとステージの上に現れた。幕の開けたステージは、想像以上にシンプルで、少し拍子抜けした。

最初こそいつものKAT-TUNコンよりも弱いと感じたが、7曲目「HIDE and SEEK」で一気にKAT-TUN色を強くして来た。ステージセットがシンプルな分、照明とバックの映像で観客をその世界観の中に引きずり込む。「来たぞ、来たぞ」と私の中の血が騒ぎ出す。あっという間に普段のKAT-TUNコンの煌びやかな世界に会場全体が染まり、やっぱりKAT-TUNのコンサートが一番好きだと感じる。今回はステージが一つしかない分、照明と映像、この2つだけで如何に雰囲気を作り出すかが肝になっていたが、元々特効のセンスも良いKAT-TUNなので、演出のセンスに外れはない。中盤では外国のカジノの様な映像をバックに構え、ミュージカル風にパフォーマンスを披露していくくだりもあり、こういった演出を誰が考案しているのかは分からないが、KAT-TUNは自分たちに似合うものを知り尽くしている印象がある。

ソロパフォーマンスで特筆しておきたいこととして、上田竜也さんのソロパフォーマンスがある。KAT-TUNコンが一番好きな理由の一つとして、上田さんのソロパフォーマンスがジャニーズの中で一番好きだから、というのがある。2010年に東京ドームで行ったコンサートで、上田さんはアルバムには入っていない「MARIE ANTOINETTE」という曲でソロパフォーマンスを披露していて、私はそのパフォーマンスに酷く感銘を受けた。前年2009年のコンサートでは、柔らかなイメージの曲を歩きながら歌っていて、凝った演出ではなかったはずなのに、翌年はガラリと雰囲気を変え、自らがマリーアントワネットになりきるという演技まで含まれていた。その次のChainコンでも上田さんはアルバムには入っていない楽曲「RUNAWAY」を披露していて、メンバーがコンサート中「Chain=繋がり」と何度も発言する中、上田さんのソロ曲の中では「Chain=自由になれない鎖」という意味で機能していた。本来のツアータイトルの意味とは真逆の意味で「Chain」という単語を利用したこのソロ曲に、上田さんのどんな思いが込められているのか、私はここでもまた上田さんのソロの解釈に悩まされることになる。

今回はアルバムに入った曲がそのまま披露されたが、冒頭のシーンは暗い牢獄の様な場所でテーブルの上にマリア像があり、そこで囚人の様な連中に上田さんが煙草の火を焼き付けたり、鈍器で殴ったりして痛みつけるという演技が含まれていて、けれども上田さんも正義のヒーローという訳でなく更なる悪人の顔をして彼らに襲いかかっていく。最後は鈍器で殴る音が加速してソロ曲のリズムまで追いついた時、イントロが始まる、という演出となっていたが、上田さんが鈍器で殴り始めた音に合わせて、客席では手拍子が始まった。恐らく既に何公演か見ている人にとってはソロ曲スタートまでのカウントダウンとしてそこに手拍子が入る文化が出来上がったのだと思うが、初めて見た人間にとっては、集団虐めと同じ様な構図に見え、上田さんが人を殴っているのを促す為の手拍子のようにも取れて、酷く恐ろしかった。そんな文化も含めて、上田さんのソロパフォーマンスには、一回では呑み込むことが出来ない仕掛けが散らばっている。全てを分かりやすく説明するのではなく、あの演出は何を意味していたのだろう、と観客に考えさせる演出を創る能力に長けている。実際に本人がどんな意図で演出を行っているのか、インタビューを掘り起こすと、「上田竜也のソロパフォーマンス」だけで一つの論文が出来上がりそうな気さえする。

そんな上田さんのソロパフォーマンスも含め、今回のKAT-TUNコンはこれまでのKAT-TUNの演出センスに加えて、私が今までジャニーズのコンサートであまり価値を見出して来なかった部分が綺麗に削られ、メインステージのみで“KAT-TUNの真価”を感じることが出来たコンサートだった。センターステージ、バックステージ、花道、外周等が無くなった場合、ジャニーズのコンサートはその楽しさをどこまで保てるのか、と疑問に感じていた部分に対して、「メインステージだけでも楽しさを増幅することは出来る」ということを証明してもらった。今回のツアーは、最後が年末に京セラドームでのカウントダウンライブとなっている為、この構成を持ってしてまたドームではどう華美に飾るのか、それが見たくて年末には大阪に足を運ぼうと思っている。