読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

拝啓、十九歳を迎える君へ

雨粒に打たれた桜の花びらが頼りなくはらはらと地面に落ちていきました。もうこちらでは半分以上緑の葉に変わろうとしています。春、君は両親の第一子として誕生しました。大きなビー玉が埋まった様なまあるい瞳は母譲りだと聞きました。二歳年下の弟が生まれるまでの間、両親からの愛情を独占することが出来るのは第一子の特権だそうです。私も同じく第一子ですが大体人の記憶は兄弟が生まれた頃からスタートする為その特権を味わった覚えがありません。君の最古の記憶も大体似た様なものでしょうか。幼稚園を卒業し、小学校に入学する頃にはようやく記憶も安定して来ます。そんな折に君は、ステージママである母の影響で、幼いながらに舞台に立つことになります。私が君を初めて認識した頃、まだ君の名前も年齢も知りませんでしたが、誰かのお下がりの衣装をぶかぶかに着て踊っていました。君が着るには大きすぎるその衣装は小さな君の腕も脚も覆い隠し、それでもまだ布が少し余っている様でした。メインで踊る人物の後ろで小さいながらに一際大きなダンスを披露していて、自然と君がいる方向へ視線を奪われてしまいます。体格の大きな者が脳からの指令によって身体を「動かしている」のに対して、君はまるで流れるようにリズムに身を任せていました。リズムと君の身体が溶けてその境目がなくなっていくようでした。踊っている際の生き生きとした表情は、まだ何の穢れも知らない「無邪気」と形容するに最も相応しいものでした。やがて君は当時の事務所史上最年少としてCDデビューを果たすことになりました。十二歳、まだランドセルを背負っていた君が、その事をどれだけ理解できていたかは分かりません。私などは二十二歳の時にようやく社会に顔を出しお金を稼ぎ始めたというのに、君はそれを十歳も若いうちに始めることになったのです。君は相変わらず「無邪気」でした。最年少という立ち位置から一生懸命メンバーの一員として自分の存在価値を見出そうとしていました。貪欲に年上メンバーに立ち向かう姿から「生意気」という称号も頂きました。お兄さんたちはどんな君も受け入れ、全員揃って可愛がってくれました。ランドセルを背負っていた頃からステージに立ち続けている君は、同世代に比べて少し世間知らずな部分がありました。そんな時はお兄さんたちが教育係として見守ってくれていました。君はよく「早く大人になりたい」と言っていました。それは最年少という立ち位置に敏感になったからでしょうか。何をしても自分が一番子ども扱いされてしまうことが悔しかったのでしょうか。年齢というどうすることも出来ない壁を越えてみたい、そんな好奇心があったのかどうか分かりませんが、君は少し背伸びをしてしまいました。それは社会的に赦されていない類の背伸びでした。そこから君は私たちの前から姿を消しました。期限の約束されていない処分がくだされ、それは今でも続いています。いや今でも続いているのでしょうか、今となってはそれすらも分かりません。その時君は十六歳でした。時というのは残酷なもので、あれからまるで何事もなかったように君が表舞台に立たない世界は続いています。それは君がいなくても世界は回るということを指している様でとても悔しいです。あの時表舞台から消えてしまっても「高校生」という肩書きがあった君に私は少し安堵していました。君が私の知らない何者かになろうとしていても「高校生」という肩書きがあることだけは知っておくことが出来たからです。しかしこの春、君からその肩書きも外れいよいよ次に何者になるのか分からない十九歳という年齢に差し掛かりました。新年度がスタートして一週間が過ぎようとしていますが、君は一体何者になったのでしょうか。君に新しく出来た肩書きを我々は知る由もありません。むしろ想像することですらナンセンスなのかもしれません。そう言えば私が君を最初に生で見た時、私も十九歳でした。まだ大人としての責任もなくけれどもそれまでに守られていたものから大きく解放された様な気分があったと思います。君もこうして肩書きに甘えてくる人間たちから解放されて少し清々しいくらいでしょうか。君が狭苦しさから解放されたならば、それはそれでとても良かったことだと思います。私たちはエゴというものを君に押し付けていたのかもしれません。いつか君はまたこちらの世界へ未練を持って戻ってくるのだとそう信じて止まないのは、きっと私たちのエゴです。君がこの世界に固執していなかったことなど、とっくに気づいていたはずなのに、気づいていない振りをしていたのは紛れもなく私たちのエゴです。この三年間、お兄さんたちは走りました。定点から動けなくなった君を置いて、そこから遠くへ走っていきました。より大きな感動を与えるグループへと進化を遂げました。君がそこにいないことを何度悔やんだか分かりませんが、未だにこんなところに未練がましく君への気持ちを綴っていることをどうかご容赦ください。大人へのカウントダウンはあと365日。「早く大人になりたい」と生き急いでいた君が気持ちよく大人になれるよう願っています。森本龍太郎くん、十九歳のお誕生日おめでとうございます。