読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「オカダのはなし / 岡田准一」 何故私は岡田准一を担当にしたのか

その瞬間はあまりに綺麗だった。行儀よく全て下を向いていた長い漆黒の睫毛はゆっくりと起き上がり天井の方を向く。その睫毛の生え際の上には内側からくっきりと型どられた二重瞼。零れ落ちそうな大きな瞳の奥にはしんと静まり返った深い夜がある。ゆっくりと目を開き遠くの方を見つめる表情は少しの無駄もない美しさだった。大河ドラマ「軍師 官兵衛」第一話、元服のシーンである。

いよいよ岡田准一さん主演の大河ドラマが始まった。遊園地でジェットコースターに乗る時と同じ質の興奮を感じている。ここから恐らく私の中の何かが加速を始めやがて一気にその速度に身を任せて快楽空間へ飛んで行くだろう、徐々に周りの景色がスピードを上げて後ろへ遠のいていくだろう、今そんなハイの最中にいる。

2013年11月、私は岡田准一さんを担当する*1ことにした。きっかけは「未来シアター」という番組で塚本高史さんが岡田さんについてこんな風に語っていたことである。

塚本高史ジュンピー根暗だからね。家で工作とかして子供のおもちゃみたいなのを作って、自分のマンションから見える公園に置いとくんですって。子供が集まって来て「おもちゃだー」って遊んでるのを眺めてるのが好きとか。
(2013/4/5放送 日本テレビ系「未来シアター」)

根暗、根暗、えっ岡田くんって根暗なんですか?!テレビに頭をぶつけたくらいの衝撃を抱えながら今しがた全国に向かって放送された事実をTwitterに記してみたところ、瞬く間にフォロワーさんから続々と岡田准一さん根暗エピソードが届いた。

「お風呂で瞬間移動の練習をしていた」
「若い頃コーヒーを飲みながら角砂糖をかじっていた」
「たまに家の中にテントを張って寝袋で寝ている」

どれもこれも奇想天外な行動ばかりでそれまでに私が抱いていた岡田准一像は脆く崩れ去り、それと引き換えに非常に親しみやすいキャラクターとしての“ジュンピー”が私の頭の中に住み始めた。それから一気に私は岡田准一さん、いや“ジュンピー”への好奇心が膨らみ注目するようになった。

調べ始めるととことん追究しないと気が済まない性格の私だが、デビューから18年以上経過している“ジュンピー”の歴史は厚く、一から事細かに調べるには膨大な時間を要した。その為ひとつ軸を決め、その軸を中心に“ジュンピー”を辿ることに決めた。その軸となるのが、岡田さんが9年間続けている雑誌「an・an」での連載「岡田准一のEXPOSURE」だった。岡田さんの信念や思想が岡田さん本人の言葉で綴られているこの連載は、“ジュンピー”の中身を解剖するのに打って付けの資料だった。しかし連載は私が古本屋を回って収集し始めた直後に終了。何というタイミングだろうと思っていたところに、これまでの連載をまとめた書籍の販売が決定。タイトルは「オカダのはなし」という柔らかなものにすり替わっていた。

オカダのはなし

オカダのはなし

それまで私は岡田准一さんに大した興味が無かった。というのもそれまでの私は自分より7歳下の森本龍太郎さんに熱を上げてみたり、1歳上の手越祐也さんに没頭してみたり、自分と同世代もしくは自分よりも下の世代を応援することに安心感を覚えていた。自分と同じぐらいの年代か自分より下の年代であれば、同じ人間としておおよその感覚は計り知れる。大抵のことは自分も歩んだことある道の上の話であり、自分が経験したことのある感覚とリンクすることに喜びを感じていた。

しかし今自分より8年も人生を長く生きている岡田准一さんを捉え始めて分からないことだらけである。しかも自分があと8年生きたら同じ感覚を掴めるようになるかどうかも分からないくらい、岡田准一さんの守備範囲も広い。読書を趣味とし沢山本を読んでいるかと思えば、インストラクターの資格を有する程武術に詳しく、また運動神経が良いかと思えばクラシックにも精通していて、陶器や骨董にも興味がある、そうかと思えば休日に本格的な山登りをしていたり、元々学校の先生になろうと考えていたくらい歴史の知識も豊富だったりする。これらのどれにも寄り添えない自分の空っぽさを目の当たりにさせられる。しかしそれは自分にとって極めて刺激的な体験でもある。

また岡田さんの作品を追いかけていると、自然とそれに付随する知識も鍛えられる。映画「永遠の0」を見るにあたり零戦や特攻について改めて知り直し、大河ドラマ「軍師 官兵衛」を見るにあたっては学生時代苦手としていた日本史を再び吸収している。岡田さんを追いかけていなければ、恐らく興味のないまま通り過ぎていたであろう事柄に、岡田さんを通して間接的に学ぶ意欲が掻き立てられることも刺激的なことである。日本の王道のエンターテイメントをやっていきたいという岡田さんを追うことは、偏った趣向に走りがちな自分の道も一緒に正されるような感覚がある。

私も8年後にこれくらい実の詰まった大人になりたい、“ジュンピー”という愛称で親しんでいた岡田さんのことをいつしかそういう目で見つめる様になり、より一層毎日が楽しくなってきた。「普通、好きなアイドルが変わる時って下の世代へ降りていくものじゃないの?」というのは、ジャニヲタ内外問わず言われることであり、最近岡田准一さんを応援し始めたというと大抵この返しが来る。アイドルには賞味期限があるとも言うが、年を重ねれば重ねる程出てくる人間的深みを追究することにも格別な楽しさがある、それを鼻息荒くして説明する。精悍な顔つきに仕上がった岡田准一さんから、私は今人生を豊かにする方法を学んでいる。

*1:ジャニヲタ言語で「一番に応援する」「一番好きである」こと。「担当する」という言葉に対する見解は様々あるが、今回はそちらが本題ではないため、「一番に応援する」という意味で便宜上用いる。