アイドルグループの宝物

昨日より今日の方が信じられていないかもしれない。「脱退」という文字を字面で追っただけの昨日と、各情報番組で会見の様子を見た今日とでは、まるで世界が違う。字面だけで見る「脱退」はただただ絶望的で、受け入れなければならない義務としての現実だったが、会見の様子はより現実に近付いているはずなのに、やけに美しく、見終わった後暫くの間呆然としてしまった。

整えられたスーツを着て、素顔に近い化粧っ気のない澄んだ顔で、まるで台本が用意されているかのような無駄の無い言葉選び、大きく見開かれた瞳には、自らの想いが真っ直ぐに伝わるよう願う気持ちが込められているようだった。こんなに美しいものが現実であってはいけない、誰かがドッキリでしたってプラカード持って現れてくれないと、現実世界のバランスがおかしいことになってしまう。そう願いたくなる現実だった。

渋谷すばるさんは、関ジャニ∞の宝物だった。と私は思っている。アイドルグループにとって、メンバーはみんなそれぞれ欠けてはならない、かけがえのないピースなのだけど、その中で絶対的にグループが守っていかなければならない宝物として存在する人が稀にいる。関ジャニ∞にとってのそれが、渋谷すばるさんだったと私は思っている。才能ある彼がそこに存在してくれることに安心しきっていたら、まさにその安心材料だった才能が、彼を外に連れ出すきっかけになってしまっただなんて、私たちは最も危惧すべき可能性に気付けなかったのかと悔いるしかない。宝物をずっとみんなのものにしておく権利は誰にもなく、また別の世界で新たな宝物として光っていくことを受け入れるほかに手立てはない。けれどもそれを冷静に理解するには恐らくまだまだ時間がかかる。

会見の場は、すばるくんだけでなく、みんな台本が用意されている映画みたいに、素敵な言葉を吐いていくので、私は誰かが緻密に計算して作り上げたお芝居を見ているようだった。会見の序盤から目を真っ赤にして泣いている横山さん。コメントを求められて「きょうという日が来ないで欲しいという思いでいっぱいだった」と語る姿は、何歳になっても駄々を捏ねる子どものようで、横山さんの少年性が強く表れていた。その後、「泣いてましたよね?」と記者に質問された際に、「泣いてません」と強がったところまで含めて、横山さんらしいなと思った。反対側の一番端っこでは、村上さんが出来るだけ重くなり過ぎないよう、普段のテンションを意識して喋っているのが伺えて、それも何だかたまらなかった。感情が剥き出しになる横山さんと、場づくりに徹する村上さん、その役割分担も誰かに配分されたかのように自然と成り立っていることが、余計に現実味を無くしていた。

以前、KAT-TUNの田口さんが脱退を発表した時にこんなブログを書いた。
moarh.hatenablog.jp
あの時は、5万5千人の観客から一度に好意を浴びる経験をしても尚、人ってステージから降りることが出来るんだ、と思ってこの記事を書いた。5万5千人から注目を浴びる気持ちよさは、恐らくステージを降りた後の普通の世界では味わうことが出来ない。ある意味中毒的にアイドルはその快感を得ているのだと思い込んでいたので、そこから足を洗えることへの驚きが大きかった。そして「続けない」決断が出来ることが羨ましかった。

しかし今回は、脱退の理由もはっきりしていることから、そこまでの羨望はない。「アイドルを続けない」という理由の中に、「音楽を続ける」という明確な理由があり、ちゃんと地続きで続いている気がするからだろうか。しかし36歳で人生残り半分だと考えて、自分の欲望に正直に生きる姿勢には、羨望を傾けるしかなかった。20代でその決断をすることと、30代でその決断をすることの重みは全く違う。36歳をまだまだ何かを始められる年齢と捉えて、これまで積み重ねてきたものを一旦捨てて、新しい世界へ進もうと考えられるすばるくんに、背筋を正されたような思いだった。

というのは、一社会人としてアイドルを職業として捉えた場合の話であって、それと同時に私はアイドルのファンでもある。「アイドル」だった人が「アイドル」という枠組みから離れていくことはただただ寂しい。ファンは何も出来ない。一番最初にそのことを思い知ったのは、小学校6年生の時。SPEEDが解散した時だった。朝起きてニュースを見てそのことを知り、学校に行ってみんなで辞めないでって署名を集めようという話になった。しかし田舎の小さな小学校の生徒が数人で署名を集めたところで、もう全国民に知れ渡ったSPEEDの解散が覆ることなどなく、この時ファンとは無力な存在だと思い知った。あれから何回こんな経験をしても、慣れるようなものではない。常にギュッと心臓を絞り取られるような痛さがあるし、その度にアイドルを好きでい続けることに気持ちが揺らいでしまうけど、それでもアイドルにはそんな一瞬さえも見逃したくないと思わせる魔力がある。今回の会見こそがまさにそれだったと思う。

すばるくんが音楽をやり続けていてくれる限り、またどこかでクロスすることが出来るんじゃないかって、そんな夢を抱かせてて欲しい。私が初めてジャニーズのコンサートを見に行ったのは関ジャニ∞で、その時から今も変わらずずっと、すばるくんは関ジャニ∞の宝物だと思っている。