ジャニヲタ、初めてテニミュを観る

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2月12日(日)、『ミュージカル「テニスの王子様」3rd SEASON 青学 vs 六角』の楽日であるこの日、千秋楽の一つ前のお昼の公演で、私は初めてテニミュを観劇した。以前より、周りのテニミュファンの友人たちに「是非観て欲しい」と言われていたけれど、なかなか足を運ぶに至れず、今回堂本光一さん主演のミュージカル『Endless SHOCK』を観に行くタイミングとちょうど重なったので、満を辞してテニミュ沼に自ら足を向けることにしたのだった。

とは言え、私は原作の漫画『テニスの王子様』という作品に深い愛がある訳ではなく、弟の部屋にあったものを5年前くらいに流し読んだことがある程度。またキャストも事前に確認したものの誰一人として知らない。端から見たら一体お前は何のために足を運ぶんだ状態だったが、仲の良かったジャニヲタが突然ジャニーズから足を洗ってテニミュ沼へ落ちていったり、ジャニヲタとテニミュヲタ(と呼ぶのが相応しいかは不明だが)を兼任しているヲタクも多く、もの凄く近い隣の村の沼という感じがしていた。そんな隣の村の沼がどれだけ深く恐ろしい沼なのか、怖いもの見たさで覗いてみたくなったのだ。

テニミュヲタの知人は何名かいるので、その知人にナビゲートしてもらうということも出来たが、全く予備知識の無い状態で挑んだ時にどんな風に感じるか自分の感性を試してみたくて、今回一緒に同行したのは、私と同レベルの知識しかない好奇心旺盛なジャニヲタ(Hey!Say!JUMP伊野尾担)だった。会場であるTDCホールは、ジャニヲタの私たちも何度か訪れたことのある馴染みのある会場だったが、その雰囲気はジャニーズのイベントがある時とは少し様子が違っていて、想像していたよりずっと穏やかだった。女性ばかりが集うという点では、ジャニーズのイベントの時と変わらないのだが、ジャニヲタが集合した時特有の“戦場感”というか“ギラギラ感”というものがあまりなく、落ち着いた表情でみんな粛々と幕が上がるのを待っている、という雰囲気だった。舞台の場合はジャニヲタもそこまでギラギラとしていないのだが、帝国劇場の前に集うジャニヲタのそれとはやはり雰囲気がどこか違うのだった。

「今度テニミュを観に行く」という話をすると、今まで全くヲタク的な面を見せて来なかった女子たちが、あっという間に仮面を剥いで私に向かって目をキラキラさせる様が面白かった。最近知り合ったばかりの二次元好きの女性に言うと、「えっ、どの学校が好き?!」と聞かれてびっくりした。好きの単位は“学校”なのかと目から鱗で、どのキャラクターが好きか、どのキャストが好きか、よりももっと手前にどの学校が好きか、を問われるとは思っていなかった。当然ほとんど知識のない私はそのわくわくした質問に答えることは出来なかった。でも私も「ジャニーズが好きで」と知り合いに言われたら、「えっ、どのグループが好き?!」と聞くかもしれないなと思い、なるほどそういうことかと一人で納得した。

会場入りした伊野尾担と私は、もうほとんどの人が受け取っていない入口で配布されているチラシを受け取り、キャストの顔や販売されているグッズの一覧を眺めて過ごした。生写真は3枚で500円だったので、ジャニーズは5枚800円だから、どっちが安いかなどと何処で役立つのか分からない計算をしてみたり、「これが噂の跡部様か~」「サーブ打つだけで30分かかるらしいよ」と、自分たちのなけなしのテニミュ知識を互いに披露しながら開演を待った。双眼鏡の準備はしていたものの、なかなか周りのお客さんが双眼鏡を出し始めないので、「双眼鏡禁止とか無いよね?!」「肉眼で見てこそテニミュか?!」などとソワソワしていたが、開演直前になると周りのお客さんの膝にもきちんと双眼鏡がスタンバっていたので、それを確認して恐る恐る双眼鏡を出した。

そして、幕が開いた。


「「「「「跪け~~崇めよ~~奉れ~~」」」」」


薄暗い照明の中、一人の男がステージの上でそう歌っている。はい、ストップ。開始5秒でちょっと待った入ります。私たち今、何を見せられているの?!テニスの王子様じゃなかったっけ?!爽やかにコートの中を駆け回るテニスプレイヤーたちの青春群像劇を見に来たつもりだったんだけど?!?!これは?!?!?!と混乱する一方で、私の本能が囁いている。これはきっと跡部様よ。跡部様の登場よ。何の説明もなくったって、本能で分かるわ跡部様。跡部様を前にちょっと待った、なんて思ってしまった自分を恥じるべきだわ。跪き崇め奉りますわよ、とここ一番の順応性を発揮して、挙げそうになった手をもう一方の手で押さえ下ろした。跡部様による洗礼を受け、一気に沼の奥へ引きずり込まれた気がする。

続いて登場したのは、赤い体操服の青学1年メンバー。チラシで見たキャストたちと比較すると随分若く、何だか見てはいけないものを見ているような気がした。しかし私は嘗てこのTDCホールで海パン一丁で沢山の小さな男の子たちが水と戯れている光景を見たことがあるのでまだ大丈夫だ、とよく分からない理論で心を落ち着かせた。勿論海パン一丁で沢山の小さな男の子たちが登場するのは、Jの舞台である。赤い体操服を着ていたので、青がシンボルカラーの青学の子たちではなく六角の下級生だと思い込んでおり、そのくせやけに青学メンバーについて詳しいし、青学の肩を持つなと思っていた。何故、青学の1年は赤い体操服を着ているのか、青じゃないのか、気になる。

自分が漫画『テニスの王子様』のどのあたりを読んだのかはもうほとんど覚えていないし、今回のミュージカルが大体どのあたりの話なのかもよく分かっていないが、青学メンバーについては、ミュージカルを観ている内に、じわじわとそのキャラを思い出してきた。確か私は不二が好きだったような気がするけれど、一時期データ厨な私の性格を良く知る友人らに「乾先輩」というあだ名を付けてもらったことがあった。そのことを意識して観ると、やはり乾先輩のことが他人事とは思えず、青学メンバーの中では乾先輩を見る回数が多かったように思う。

六角のことは漫画での記憶は全く無いのだけれど、彼らのとにかく楽しくテニスをしようぜという精神には共感するしかなく、パーティーピーポーな彼らが歌う曲はどれもこれも可愛かった。特に六角の部長・剣太郎の歌がとにかく愛らしく、バックで踊る六角メンバーのダンスもめちゃめちゃ可愛くて、私がもし六角に好きなキャストが居たとしたら、これの為にチケ代払えると言って足繁く通うことになるだろうし、私が好きなキャストが他の学校だったら、羨ましくてハンカチ噛み締めるやつだ、と思った。六角は、テニミュのHey!Say!JUMPだなって思った。

途中にまた跡部様コーナーがあり、跡部様役をやる子は観客からより厳しい目が向けられそうだなと思ったが、跡部役の彼は歌も上手で身体も柔らかいのでダンスもとても上手かった。それがより跡部様の神格化を手伝っていて、観劇1回目にしてテニスの王子様における跡部様という概念の凄さをまじまじと見せつけられた気がした。途中で氷帝のメンバーがみんな出てきて、天の声とお話して戯れるコーナーがあったのだが、芥川役の子がお茶目で可愛らしいなと思った。でも私たちは、これがどこまでキャラクターに沿った設定なのか、キャラクター設定の隙間からキャスト本人のリアルな部分が漏れ出ているのかが分からなかったので、それが理解でき始めるときっとこのコーナーは何度も通う要因の一つになるんだろうなと思った。

試合は順調に進み、各キャラクターの技が次々と繰り広げられていったのだが、一向に越前の出番がない。テニミュのポスターには大々的に越前のビジュアルが映し出されているので、我々も越前が主役だという認識でここに来ている。ここまで数々のキャラクターがそれぞれの得意技を繰り広げてきたので、そろそろ天才・越前の技をこの目で目撃したい。帽子のツバのせいで、第三バルコニーからは全くその美しいであろう顔が拝めないが、そろそろ越前が登場しても良い頃だ。私は孤高の天才が好きだ。今日は、越前のテニスを見に来たと言っても過言ではない。次のターンで越前来るか?!?!と思った瞬間、試合は終了した。


越前の出番はなかった。


はい、ストップ。本日2度目のちょっと待った、入ります。えっ、越前試合出ないんですか?!?!あんなにポスターの一番手前に載っているのに?!?!青学のエースなのに?!?!物語の主役なのに?!?!映画『桐島、部活やめるってよ』以来の衝撃だった。『桐島、~』も校内みんな桐島を探しているのに、最終的に映画に桐島は出てこない。第三バルコニーの椅子からずっこけそうになった。しかしこの物語は『桐島、~』と違って、それが狙いではなく、大きな物語の一部を切り取ったミュージカルだから起こりえたことだということは、すぐに理解できた。ちなみに、この衝撃をテニミュヲタの友人に話したところ、テニスのルールと共に説明をしてくれ、六角との試合はストレート勝ちだったので展開がとても早いということを教えてくれた。上演時間も、何処との試合なのかによって全然違っており、今回の六角との試合は1時間半の上演時間だったが、中には3時間近く上演する場合もある、ということだった。なるほど、奥が深い。

物語が終わったら、突如全員でのライブコーナーのようなものが始まり、観客たちが途中途中でナントカカントカと叫びながら拳を胸に当てているのが分かった。私と伊野尾担以外みんな、もう当たり前のようにその慣習に適応していたので、私たちも慌てて見よう見まねで参加した。普段私たちもジャニーズのコンサートで、もう当たり前のように参加できるコール&レスポンスがあるが、きっと何も知らない人が見ると、こんな風に見えるんだろうなと、新たな視点を楽しんでいた。と余裕をかましていたら、突然キャストたちが客席に降りて来て、隣の伊野尾担が「ぎゃ~~っ、突然の接触ぅううう!!」と叫んでいた。伊野尾担はジャニヲタらしく“接触”という言葉を使ったが、実際のお客さんは彼らに触ろうとすることもなく、お行儀良く座っていた。第三バルコニーの私たちが座っている付近には、ちょうど乾先輩が降りて来ており、ほとんど方針状態のまま、乾先輩に手を振った。乾先輩はこちらに向かって手を振ってくれていたが、明らかに他の観客たちと温度が違うことに気づいたような気付いていないような微妙な笑顔で去っていった。

終演後、お見送りがあるというアナウンスを受け、「これに参加して帰らないと、来た意味がないよね」という謎の使命感から、伊野尾担と私はまだ見ぬ“お見送り”に備えた。係員に誘導されて第三バルコニーから、第二バルコニーの廊下へ移動。そこで通路の端の方に並ばされるでもなく、ここで広がってお待ちくださいと言われ、そこで10分以上待たされたのではないかと思う。私も伊野尾担も、この“お見送り”がどのようにして行われるのか、全く調べていなかったので、自分たちがここであと何分待たされるのか、この通路いっぱいのお客さんたちが、この後どのような経路を辿ってお見送りの場所までたどり着き、キャストはどこに立っているのか、キャストとの距離はどれぐらいなのか、歩く速度はどれぐらいなのか、キャストは何人なのか、等など見えない未来に不安ばかり抱いていた。慌ててYahoo!知恵袋で「テニミュ お見送り」と検索したが、私たちの知りたい情報は載っていなかった。

そうこうしていたら、急に係員が「それでは一列になって順にお進みください」と言い始め、観客たちはまるで訓練されているかのように、広がっていた状態から上手に一列になって歩き始めた。第二バルコニーの通路の角を曲がったら突然キャストたちが立っていて、あまりに突然の登場に思わず「おう」という声が漏れ出そうになった。そこに居るなら言っといてくれよ。咄嗟に乾先輩と芥川が居ることに気づいたが、お見送りバージンの我々は、その時もただ方針状態で手を振ることしか出来なかった。


これが私の初テニミュのすべてだ。その夜若手俳優に詳しい友人とご飯を食べたが、テニミュヲタには「原作ファン」と「キャストファン」が居て、そこでも見える世界が違っていることを教えてもらった。当たり前の話だが、アイドルの世界では「原作」という概念が存在しないので、コンサートに来るのは「演者のファン」であることが大前提だし、その演者が舞台を演るにつけても、原作よりも演者への愛の方が手前にある観客の方が圧倒的に多い。元々の物語にファンが既についていて、そこに既に別のファンがついている人間を当て込んでいく、2.5次元舞台の複雑で面白い部分が垣間見えた気がした。

数日後、周りのテニミュヲタたちがまた目を輝かせながら「どうだった?!」と聞いて来たので、「跡部様が…」と一言発っそうとした時点で、「跡部様呼び!!(笑)洗脳されてる!!(笑)」とそれだけで大層喜んでくれた。続けて「誰が良かった?!」「気になるキャストはいた?!」「私DVD持ってるからいつでも貸すから言ってね♡」と畳み掛けられ、きっと私もこのくらい鼻息荒めで、ジャニーズにちょっと興味を持った子に近づいているんだろうなと、反省した。後悔はしていない。

「人生の初体験」をまた更新することが出来た。次もしテニミュを観に行くとしたら、次こそは越前の試合が見たい(切実)。